【軽井沢移住598日目】草津と軽井沢は最高のペアリング
皆さんは、草津温泉に行ったことはありますか?
「草津よいとこ、いちどはおいで」
と現地の人たちが唄っていますが、すでに何度訪れたかしれません(笑)。
軽井沢に移住するまで、ここから草津温泉が近いなんてことは全く考えたことはありませんでした。分かってからも「そーいえば学生時代に遊びに行ったけど遠かったなー」くらい。
しかし、クルマで行ってみると確かに近い。しかもほぼ一本道。1時間あまりであっという間に草津の湯畑までやってきてしまいます。

江戸時代からこの沓掛(中軽井沢駅)から草津まで、街道があったのです。
草津の温泉はですね、素晴らしいんですよ泉質が。「泉質主義」を掲げてるだけのことはあって、街中から漂う硫黄の香りにほだされて、そのまま湯船に浸かっていくと、本当に身も心も癒されてしまうのです。
私、こう見えていろんな山に登っておりまして、全国のステキな硫黄泉に浸かったことも何度もございますが、蔵王もいいし、故郷の酸ヶ湯もいいし、乗鞍あたりの硫黄泉もとてもいいのですが、やっぱり草津にはなぜか叶わないな、という印象を持っております。
付近にはいくつかの観光スポットもあります。

強力な硫黄の流れにも負けずと生えるナゾの苔。
石の上までびっしりと緑で美しい。ちょっと遠いけど。

川沿いはけっこう涼しい。
そして冬はスキー!子どもたちはこの草津の天然雪でスキーが上達しました!どこの人工雪スキー場に行っても、てんでダメだったのですが…。


夏でも冬でも楽しめて、温泉も最高だし、食べ物も美味しいんですね…。
蕎麦屋も美味しいし、湯畑の神社手前にあるお好み焼き屋さんもいつも行くし、松むら饅頭も必ず買うし、通りすがりの串焼きの焼鳥やら魚も。
でも極めつけはやっぱり上州牛。ステーキ屋さんの大サービスがスゴイ…。

おい、サラダはどこだ?逆じゃない?

さて、すっかり草津の宣伝をしてしまいましたが、そんな草津は昔から軽井沢のお友達。江戸時代には草津から軽井沢に抜けて、温泉の湯を江戸まで将軍が運ばせたらしいです…もうすっかり冷めてなんもなくなってそうですが。
そして明治大正とやってきて、なんとこの草津と軽井沢を結ぶ街道に鉄道が走っていました(ちょっと街道よりは山の奥の方だけど)。嬬恋まで経由して、3時間半もかけてのんびり軽井沢から草津に向かっていたのだそうです。

で、さっそく行ってみました。実は離山の登山口なので、行こうと思いつつも下山したら面倒で行かない日々が続き、今日は昼過ぎに赴いて、展示を見てから登山へ。

ジャクレーさんは軽井沢在住のフランス人浮世絵師。
こちらの展示も併設されております。もちろん常設の軽井沢の歴史も。

資料館の下に近衛文麿(戦前の首相)さんの別荘があり、そこも入れる。
最も、このあたりは軽井沢を切り拓いた雨宮さんの家なんですが。
なかは撮影禁止なのですが、こぢんまりとしつつ、軽井沢の歴史や、意外にも遺跡があったりすることや、江戸時代は死ぬほど寒くて開発が大変だったこと、宿場はとても栄えていたことなどとともに、草軽鉄道の模型や歴史が語られています。あー、いまも鉄道があったら楽しそうだったな…。
ただ、この鉄道についてはもっとエピソードや語られていることがあったのですが、けっこう触れられていなかったり、北軽井沢駅舎とかの話もしていいのにな、と思うことが勉強してきた身としては思いましたが、「鉄道が本当にあったんだ!」というだけで、一般の方には驚いてもらえるかなと。
ちなみに、この資料館の上には離山図書館があり、9月までは開館しています。軽井沢の図書館はご存じ中軽井沢駅の併設ですが、これができるまでは、この山あいにある古い図書館がメインだったらしい。
そしてさらにその上の細い道を上がると、軽井沢現代美術館もあります。ありますが、明日閉館。今日はけっこうたくさんのクルマがこの道を通ってました。驚いた…。
このあたりはこんな施設がいろいろあって、全部見てから離山に登ってみるのはどうでしょう(そんなヒトはいないか)。軽井沢は今日の最高気温が20度を下回りまして、一段と寒くなっております。皆さま、上着は必須で!
今回は草津の宣伝(?)と草軽鉄道展の紹介でした。また明日!
