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【ネタバレ無し】ヨルゴス・ランティモス×アリ・アスターの悪魔合体『ブゴニア』で、陰謀論者がエマ・ストーンを拉致・監禁!   文◎町山智浩

https://www.youtube.com/watch?v=Mjj24UP3yT8

驚愕! エマ・ストーンが坊主頭に !? 彼女をアンドロメダ人だと妄想した男たちによって地下室に監禁された 挙句、「母星と交信させないために」との理由で髪の毛をそり落とされたのだった

 テディ(ジェシー・プレモンス)と彼の従弟(いとこ)のドンは養蜂家だが、ミツバチの減少に悩み、テディはそれが地球侵略を企むエイリアン、アンドロメダ人の仕業だと考える。そして、ベンチャー製薬会社のCEO、ミシェル(エマ・ストーン)がアンドロメダ人だと確信し、彼女を誘拐し、自宅の地下室に監禁する。そして、地球を守るため、ミシェルを拷問し始める。
 監督ヨルゴス・ランティモス、製作アリ・アスターという、観客を嫌~な気分にさせる天才同士の悪魔合体で作られた『ブゴニア(原題:Bugonia)』は、韓国映画『地球を守れ!』(2003年)のリメイク。
『地球を守れ!』の脚本・監督、チャン・ジュナンは『ミザリー』(1990年)を観てこれを思いついたと言う。『ミザリー』は人気小説作家を熱狂的ファンが誘拐して飼育するホラー映画だが、原作者スティーヴン・キングは自らの体験を元に作家の視点からこれを描いた。しかし、チャン・ジュナンはこれを誘拐犯の視点から描くことにした。おまけにコメディにした。
 結果、笑うに笑えない映画になった。拷問が残酷すぎたのと誘拐犯ビョングの内面に深く入り込みすぎて、彼の妄想に映画自体が乗っ取られていくからだ。『地球を守れ!』は興行的に失敗したので、チャン・ジュナンは次作『ファイ 悪魔に育てられた少年』(2013年)まで10年かかった(※2011年に行定勲らとオムニバス映画『カメリア』を監督)。3作目の『1987、ある闘いの真実』(2017年)で韓国民主化運動を多角的な視点で描き、批評的および興行的に大成功するのだが。

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(2024 年)の「お前はどの種類のアメリカ人だ?」で絶大なるイ ンパクトを与えたジェシー・プレモンスが、本作で誘拐・監禁・拷問の凶事に走る陰謀論者テディを怪演

●アリ・アスターとランティモスの共通点

『地球を守れ!』のリメイク権をアリ・アスターが取得したと報じられた時、なるほどと思った。アリ・アスターの映画はどれも果てしない拷問だから。『ヘレディタリー/継承』(2018年)は妹を交通事故で死なせてしまった主人公の地獄の日々、『ミッドサマー』(2019年)のアメリカ人学生たちは北欧の村の祭りでいたぶられ、『ボーはおそれている』(2023年)のボーは支配的な母に苦しめられ、『エディントンへようこそ』(2025年)の保安官は妻(エマ・ストーン!)が市長と関係があったのでは? という妄想に悶える。そして、どの映画もいけにえの儀式だ。
 監督のヨルゴス・ランティモスも監禁や洗脳、支配と被支配、それにいけにえついての映画ばかり撮ってきた。『籠の中の乙女』(2009年)、『ロブスター』(2015年)、『女王陛下のお気に入り』(2018年)、『哀れなるものたち』(2023年)、『憐れみの3章』(2024年)……。特に今回の『ブゴニア』は、ランティモスの『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017年)と共通点が多い。心臓外科医(コリン・ファレル)は酒に酔って手術して死なせた患者の息子(バリー・コーガン)にまとわりつかれている。監禁や拷問こそしないが、ファレルはコーガンに支配され、逃げられない。その呪いを解くには、ファレルが我が子をいけにえに捧げるしかない。

上は本国での『ブゴニア』公式ポスター。下は『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』 (2017 年)のもの

 この共通点をランティモスは自覚しているらしく、『ブゴニア』のポスターは『聖なる鹿殺し』そっくりだ。また、両方にアリシア・シルヴァーストーンが病んだ母親役で登場する。まずそうなスパゲティを食べるのまで同じ。そして、何よりもタイトル。『聖なる鹿殺し』も『ブゴニア』も、ランティモスの故郷ギリシャの神話からタイトルを引用している。
『聖なる鹿殺し』は、英雄アガメムノンが誤って月の女神アルテミスが愛した鹿を殺してしまった呪いで、風が止まってしまいトロイア戦争に出兵する軍艦が船出できなくなる。そこでアガメムノンは愛する娘イフィゲニアをいけにえに捧げるしかなくなる。
『ブゴニア』は古代ギリシャの儀式で、ミツバチが消えてしまった時、牛をいけにえにすると腐ったその死骸からハチが生まれたという。ブゴニアは「牛から生まれる」という意味で、当時、ハチにそっくりのハエがいて、それが家畜の死体に産み付けた卵からハエが育ったのを見てミツバチと勘違いされたのでは、などと言われている。
 ミツバチが突然消えてしまう現象は大昔から世界中の人々をパニックにさせてきた。ミツバチがいなければ花は受粉できず、オリーブもブドウもレモンもオレンジもチェリーもアーモンドも収穫できないからだ。ただ、最近、ミツバチの急激な減少が世界的な問題になっている。原因は地球温暖化、環境破壊ではないかと推測されている。まさに地球を守れ!

テディと共にミシェルを監禁する従弟のドン(エイダン・デルビス/左)。発達障害の持ち主で、ミシェル はなんとかドンを説得するが……

●現実の哀れなるものたち

 また、誘拐されるエマ・ストーンは医療ベンチャー企業セラノスのCEOだったエリザベス・ホームズをモデルにしている。彼女が設立したセラノスはわずかな量の血液サンプルで糖尿病から何から何まで検査できる新システムを開発したと称して投資を集め、2014年に同社の資産価値は9000億円を超えた。当時まだ30歳のエリザベス・ホームズは『フォーブス』をはじめ、あらゆるビジネス誌の表紙を飾ったが、翌年にはその検査システムはまだ開発中だと発覚し、セラノスの価値はゼロに転落、ホームズは詐欺罪で有罪になった。
 エマ・ストーンはビジネス英語を羅列してしゃべり、それが理解できないジェシー・プレモンスを苛立たせる。プレモンスは自宅に星条旗を掲げ、Amazonをモデルにした集配所で最低賃金の仕事を続けながら、資本家を憎み陰謀論に堕ちていく。その姿は現在のトランプ支持者に重ねられている。

エマ・ストーン演じるミシェルは社会的問題を起こしたベンチャー製薬会社の CEO、エリザベス・ホームズが モデル。決して善人ではない

『ブゴニア』を脚色したウィル・トレイシーは『ジ・オニオン』という風刺新聞の元編集長。たとえば「研究の結果、赤ちゃんはバカだと判明」とか「人類の死亡率は今年も100%」(死なない人はいないので)とかバカバカしい記事だけをデッチ上げる虚構新聞で、この『ブゴニア』もそんな笑えないジョークに満ちている。なかでもグリーン・デイの歌「バスケット・ケース」の使い方は、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)のエンヤの使い方と並ぶ意地悪さだ。
 ただ、ランティモスはプレモンスをただの笑いものにはしていない。彼には『聖なる鹿殺し』のバリー・コーガンと同じく、父親に捨てられて母子家庭で貧しく育ったランティモス自身が重ねられているから。哀れなるものたち。
『ブゴニア』にはマレーネ・ディートリヒが歌う『花はどこへ行った』が流れる。ボブ・ディランの師匠ピート・シーガーが作詞作曲し、キングストン・トリオとピーター・ポール&マリーが歌ってヒットさせた反戦歌である。

花はどこへ行ったの?
娘たちはどこへ行ったの?
夫たちはどこへ行ったの?
兵隊たちはどこへ行ったの?
墓石はどこへ行ったの?

人々はいつになったら学ぶの?

初出:『映画秘宝』2026年1月号

『ブゴニア』
(原題:Bugonia/2025年/118分/PG12/アイルランド・イギリス・カナダ・韓国・アメリカ)
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:ウィル・トレイシー
原作:チャン・ジュナン『地球を守れ!』
製作:アリ・アスター ほか
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビス ほか
配給:ギャガ
© 2025 Focus Features. A Comcast Company.
公式HP:https://gaga.ne.jp/bugonia/
2026年2月13日(金)公開

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