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「気がすうっとしたときに」

メトロンズ『遠藤さんの叔父さんが死んだけど旅行は行きたい』。

仕草や話の間から覗くその人の後ろ暗い気持ちは見逃さないくせに、めっちゃ遠くから話を切り出す配慮は持ち合わせている。いまの状況は互いに嫌と思っているはずなのに、事態がむしろ悪い方向へ転がっていくのを止められない。登場人物たちに混じって居心地の悪さを感じる自分と、傍観者として意地悪くニヤニヤする自分。なんかの番組で観た池畑さんはこの手のボケをしていたなあ。

セットの一部は引き戸や扉になっていて、そこを開けると別の場のセットや小道具が出てくる仕掛けになっている。セリフを言いながら開け閉めしたり道具とハケたり、劇が進行しながら場が転換する。役の当人がイラついているときは引き戸の閉め方も雑だった。フィクションがフィクションに収まりきらなくてこちらの世界に顔を出す、笑いを誘われる。

ロッカーで足踏みを続ける会話がトイレでついに動き出す。男子トイレの便器の上にある「もう一歩、前へ」という貼紙。便器へ踏み出す一歩は、同僚からせこくて厚かましい奴だと思われる不安を振り切る一歩にもなるのだろうか。

「旅行は遠藤さんの気がすうっとしたときに行ったらいいですから」という台詞があった。気がすうっとする。高校生のとき、国語の授業中に先生が「髪を切った異性の先生をどう褒めたらいいのかわからなかったけど、ある先生が『素敵ですね』と言ってあげていて、いいなと思ったからこれからは『素敵ですね』って言うことにした」と言っていた。「素敵」を日常会話で使っていいというのは衝撃だった。高貴な育ちのお嬢さまが「おほほ……」という笑い声とともに言うような言葉だと思っていたから。先生の話を真に受けて隙あらば使うようになり、「素敵」はあっという間に私のボキャブラリーに加わった。「気がすうっとする」との出会いはそれと同じくらいのインパクトがあった。いかにも5月っぽい、新緑の中で深呼吸したときに出てきそうな言葉なのに、つらい出来事から立ち直って気が晴れたときに発されるというのが新しかった。「気が晴れた」という言葉は、それに入っている「晴れた」のせいで意味以上に明るく感じてしまうときがある。そのことを池田さんは知っているのかもしれない。優しい。

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