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『D列車で行こう』:虹色創作部 テーマ「夢」(2475文字)

「絶対に事故を起こさない鉄道安全システム」

僕は「天才エンジニア」と呼ばれ、その名を世界に轟かせていた。

だが、その成功に、なぜか手応えがなかった。

不思議なことに、13年前からの記憶がまるごと抜け落ちていた。努力も失敗も知らない成功は、ただ空っぽだった。

僕はアルバムや日記で過去の姿を探したが、空白の13年間には写真も文章も残されていない。

「自分を探せなくなった?」

「どうやって生きてきた?」

思い出せる最後の記憶の断片を辿ると、いつも一つの駅に突き当たる。「そうだ。記憶が無くなる以前の高校生の時、ブログをしていた。そこに日記があるはずだ」

幸いアカウントは消えておらず、自分の日記を開けると、1枚の画像が出てきた。

「この子は!」

鉄道ファンだった僕が通い詰めた古い駅のホーム。そこにはいつも、一人の女子高生が立っていた。

彼女も熱心な鉄道ファンだった。通学カバンから大きな望遠カメラを取り出し、特急寝台車が通過する瞬間に全てを懸けている。

僕たちは一度も言葉を交わさなかった。ただ、同じ隠れ鉄道ファン仲間として、目が合えば「ああ、君もか」と軽く会釈する。秘密の趣味を共有する、心地よい距離感だった。

だがある日、彼女の姿がぷっつりと消えた。

ここから記憶が曖昧になってくる。
自分の最後のブログにはこう書かれていた。

「もうすぐ、D列車が来る」

僕は狂ったように「D列車」を調べた。
それはネットの隅に転がる都市伝説。

――乗れば、望む夢がすべて叶うDream(夢)列車。 ただし、乗車するには厳しい条件がある。特殊なルーチン。ぼくは解析に成功した。

「ぼくはD列車に乗ったのか?」

僕はネットで、かつての乗車経験者を探し出したが、彼らは一様に怯え、口を閉ざした。「あれは、乗ってはいけないものだ」と。

だが、空っぽの成功に耐えられなかった僕は、ついに乗車条件を特定した。

嵐の予感が漂う、ある火曜日の午前二時。 教えられた通りの手順でホームに立つと、音もなく、銀色の重厚な車両――D列車が滑り込んできた。

重力が消えた。 駅の景色が、線ではなく光の束となって跳ぶように過ぎ去っていく。 僕がたどり着いたのは、未来の「僕」がいる駅。そこには、現在の僕が享受している「天才エンジニア」としての地位が待っていた。

しかし、そこで僕は真実を知る。

「……D列車に乗った者は、必ずまたここを訪れる」

駅のベンチに、あの日消えた彼女が座っていた。当時の姿のままで。 彼女はスマホの画面を僕に見せた。

そこには、彼女と最後に合ったあの日に起きた「脱線事故」のニュース。 被害者リストの筆頭には、彼女の名前があった。

D列車の『D』は、Dream(夢)じゃない。Debt(代償)よ。あなたの今の成功は、私の未来を代償に差し出すことで手に入れたもの。あなたは過程をすっ飛ばして、私の命を燃料にしてここまで来たの」

「……そんなのは、僕の夢じゃない」

僕の叫びを、彼女は冷笑で切り捨てた。 「人間、誰にでも可能性はあるわ。でもね、夢をかなえる人間は極僅か。なぜなら、夢を叶えるとは自分を変えることだから。人は簡単には変わらないのよ」

「どういうことだ・・・」

「人が本当に変わるには、外部要因が必要不可欠。強烈な『絶望』と『喪失』、身を切るような『生き恥』、その地獄をさらした時だけ、人は自分を造り直せる。

君はあの日、大切な私を失い、絶望したからこそ、絶対に事故を起こさないエンジニアになると決心した。その痛みが、君の成功の根源だったのよ」

血の気が引いた。僕の安全設計は、彼女の命と引き換えに「与えられた結果」だった。 彼女の顔が、驚いたように見開かれ、やがて優しく微笑んだ。

「そして、成功とは誰かを犠牲にすることで成り立つ」

「それは・・・」

彼女は驚いたように目を見開き、やがて優しく微笑んだ。「もうすぐ下りの列車がくるわよ……元通りになれるけど、あなたの今の名声はすべて消えるわよ? 」

「夢はかなうことが重要じゃない。そこへ至るまでに悩み、迷い、泥を這う過程こそが大事なんだ。彼女を犠牲にしてまで欲しくはない!」

すると、彼女の顔が崩れて異形の悪魔の様な姿に変わった。その笑みは、僕の迷いを嗅ぎ取ったかのように歪み、彼女の輪郭が黒い影に溶けていった。

「誰もがそう言うが、下りの列車に乗った者は一人もいない。人は手に入れたものを捨てられないからだ」

__ぼくはホームのベンチによろよろと座り込み、頭を抱えた

悪魔は、愉悦に満ちた声を上げた。 「実に滑稽だ。下りの列車の代償はお前のこれまでの記憶を消すことだ。更にお前が今の年齢になった時、果たして自力で夢をかなえているか、答え合わせをしてやろう……怖くないか?」

ぼくは異形の悪魔の顔をぼんやり眺めた。「そうだ。夢はかなえたいよ。何事にも代え難い。結局、人は自分が大事。そして人は簡単に変われない。アンタの言うとおりだよ」

「そうそう。実に正直。気持ちがいいねぇ」

「だが、断る」

僕はベンチから駆け出して、反対側のホームに止まっていた「下り列車」に飛び乗った。 景色が猛烈な勢いで巻き戻される。栄光が剥がれ落ち、知識が消え、僕の体は若返っていく。

「怖くはない。選択肢はそれだけではない」


ー気がつくと、僕はあの古い駅のホームに立っていた。 横には、望遠カメラを手に、特急を待つ彼女がいる。

彼女は撮り終えた後、列車に乗り込もうとする瞬間、僕は震える声を絞り出し、彼女を引き留めた。

「……はじめまして。いいカメラだね。何か撮れた?」

彼女は驚いて顔を上げた。 「え……、あ、はい。通過する特別車両の特急を。……あなたも、鉄道ファンですよね‥‥?」

「はい!よろしくお願いします!」

彼女は不思議そうな目をしていたが、くすくす笑い出した

「あっ、こちらこそー」

ー僕はそっと彼女の袖をつまんだー

彼女は驚いたように僕を見つめる。

「……危ないよ。少し下がろう」

遠くから列車の音が聞こえる。僕たちがこれから歩む、長く、険しく、けれど確かな手触りのある未来へと続く列車の音だった。




2026年も虹くりっぷさん企画

虹色創作部企画「夢」へのチャレンジしました!

ショートショートにするつもりが、長くなってショートストーリーになりました。

ちなみに私の初夢は「海で泳いでいる夢」です!


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