特別支援教育|「こだわりの強い子」を「その子らしさ」で見る(白いカイトの物語)
「この子、他の子と違う」
そう思ってしまうことは、
ありませんか。
「生まれつき」だけで語れるのだろうか
ギフテッド。
一般的には、特異な才能がある子。
生まれつき計算が早い、
物覚えがいい……
そんなイメージがあります。
でも、本当に
「何もせずにできる子」
というのは、いるのでしょうか。
計算が早い子は、
きっとどこかで夢中になって
計算していたはず。
物覚えがいい子は、
好きなことを何度も何度も
繰り返していたはず。
そう考えると、
「ギフテッド=生まれつき」
という見方は、
少し決めつけすぎかもしれません。
努力だって、才能の一つかもしれない
たとえば、
同じピアノ教室に通う
AさんとBさん。
同じ時間レッスンしているのに、
Aさんはぐんぐん上達する。
私たちはすぐ
「Aさんには才能がある」
と言います。
でも、もしかしたらAさんは、
レッスン以外の時間にも
自然とピアノのことを考え、
気づけば練習していたのかもしれません。
「努力できること」も、
一つの才能。
そう考えると、
「生まれつき」だけでその子を語ることの
難しさが見えてきます。
なぜ「問題」として見られるのか
ピアノを努力して上達した子に対して、
私たちは
「すごいね」
「頑張ったね」
と言います。
では、学力が飛び抜けている子は
どうでしょうか。
「出る杭」として見られる。
「みんなと一緒に学ぶのが難しい子」
と言われる。
この違いは、どこから来るのだろう、
とずっと考えています。
一つ思うのは、
「普通の枠」からはみ出る方向が、
評価される文脈かどうかで、
その子への見方が変わってしまう
ということです。
でも、
「普通」って、何でしょうか。
🪁白いカイトを飛ばしたかった
ここで、私自身の話をさせてください。
幼稚園の頃、
凧揚げのカイトを作る授業がありました。
みんなが好きな絵を描く中で、
私はどうしても描きたくなかった。
青空に、
白いカイトがすーっと飛ぶ景色が
見たかったのです。
シンプルで、
透き通るような白いカイト。
「絶対に描きたくない」
と主張する私を、
先生は困った顔で見ていました。
母も
「絵を描きなさい」
と言いました。
でも、私は譲りませんでした。
⸻
大人になった今、
あの頃の自分を振り返ると、
「こだわりの強い子」
というラベルを貼っていたかもしれません。
でも、それは本当に
問題だったのでしょうか。
もしあのとき、
「どうして白がいいの?」
と聞いてくれる大人がいたら。
「いいね、飛ばしてみよう」
と一緒に楽しんでくれる大人がいたら。
私は、
もっと自分を好きになれていたかもしれません。
「ラベル」を貼った瞬間に、何かが止まる
ギフテッド、グレーゾーン、こだわりが強い……
こうした言葉は、
その子を理解しようとするための
入り口になることもあります。
でも、名前がついた瞬間に
「わかった気」になって、
その子自身を見なくなることもあります。
「特異な才能」ではなく
「この子の好きなこと」
「問題行動」ではなく
「この子のこだわり」
そんなふうに言葉を置き換えるだけで、
目の前の子どもが
少し違って見えてくるかもしれません。
最後に
あなたの周りにも、
「ちょっと変わっている」
と言われる子どもはいますか。
その「変わっている」は、
もしかしたら
その子らしさかもしれません。
ラベルではなく、
その子自身を見つめること。
白いカイトを飛ばしたかった、
あの頃の私が教えてくれたことです。
最後までお読みくださり、
ありがとうございました。
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