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被害者がいつの間にか加害者にされてしまう理不尽さ

「それは喧嘩両成敗ですね」
被害を訴えたはずなのに、学校からそう言われた経験はありませんか?
一方的に傷つけられたのに、なぜかお互い様で片づけられてしまう。
この言葉ほど被害者を追い詰めるものはないと思っています。

さらに苦しいのは、事実を訴え続けると、
「被害妄想では?」
と言われてしまうことです。
では、どこが被害妄想なのでしょうか。

証拠を集め、提出すると、
「確認します」
と言われ、長い時間が過ぎていく。
何週間も、何か月も待たされた末、再び証拠を示すと、
今度は「時間が経っているので、もう分かりません」

――では、なぜあの時すぐ確認しなかったのでしょうか。
なぜ待たせたのでしょうか。

このやり取りを繰り返すうちに、被害者は疲弊していきます。
説明する力も、怒る気力も、訴える勇気も削られていく。
そして最後には、
「これ以上言うと面倒な人になる」
「もう何も言わない方がいい」
そう思わされてしまうのです。

学校という組織は、
事実よりも「収まりの良さ」を優先し、
責任を曖昧にし、時間を味方につけて問題を風化させる。

その結果、被害者は加害者に仕立て上げられ、
真実を語る人が「厄介な存在」になり、
本当に守られるべき子どもが置き去りにされてしまう。

これは決して、被害妄想ではありません。
構造的な問題です。

学校がこの姿勢を変えない限り、
同じことは何度でも繰り返されるでしょう。
だからこそ、私たちは声を上げ続ける必要があるのだと思います。


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