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seikajo
被害者の声をつなぐ
被害者の立場になると、時々こんな言葉を投げかけられます。
「被害者ぶっているだけじゃない?」
「いつまで学校権力と闘っても無理でしょう」
「時間の無駄だと思う」
そんな言葉です。
しかもそれは、明らかな悪意を持った人からだけではありません。むしろ、最初は被害者を心配し、守ろうとしてくれた「協力者」から言われることもあるのです。
最初の頃は、学校の隠蔽に対して、「おかしいことだ」「一緒に考えよう」と言ってくれていた保護者たちも、時間が経つにつれて少しずつ離れていきます。それは責められることではないと思います。自分の子どもを学校に通わせていれば、先生や学校と対立したくないと思うのは当然です。波風を立てず、穏やかに過ごしたい。その気持ちはとてもよく分かります。
しかし、その結果どうなるのか。
被害者だけが取り残されていきます。
声を上げ続けるほど、周囲は静かになり、理解者は減り、孤立が深まっていく。この孤独な感覚は、実際に被害者になった人にしか分かりません。正しさを訴えているだけなのに、まるで厄介者のように扱われる。そのつらさは言葉にできないほどです。
また、同じ状況が日本全国で起きています。地域も学校も違うのに、聞こえてくる話は驚くほど似ています。隠蔽、矮小化、被害者の孤立。ため息をつきながら、今日も何とか一日をやり過ごしている人達がたくさんいるのです。
そんな被害者はこれからどこに向かえばいいのでしょうか。
答えはありません。分かりません。
ただ一つ言えるのは「諦めたら終わり」だということです。声を上げ続けるのは、とても孤独で、とても疲れることです。それでも、その声がなければ何も変わらないのも現実です。
この孤独が、少しでも分かち合える社会になることを、心から願っています。
