いじめよりも、その後の対応が心を深く傷つける
いじめそのものがつらいことは、言うまでもありません。
心ない言葉を浴びせられたり、暴力を受けたり、仲間外れにされたり。その瞬間の恐怖や悲しみは、簡単に消えるものではありません。
でも、多くの被害者の方のお話を伺っていると、「本当につらかったのは、その後だった」と話されることが少なくありません。
勇気を振り絞って先生に相談したのに、見過ごされてしまった。
被害を訴えたのに、「あなたにも原因があったのでは?」と言われてしまった。
加害者の事情ばかりが優先され、自分の気持ちは置き去りにされた。
そんな経験をすると、子どもはどうすればよいのでしょうか。
学校の先生や管理職、教育に携わる大人たちは、子どもにとって安心できる存在であってほしい。だからこそ、その期待が裏切られたときの傷は、とても深く残ります。
「あの時、どうして助けてくれなかったのだろう。」
「どうして私の話を信じてくれなかったのだろう。」
そんな思いは、大人になってからも心に残り続けることがあります。
その結果、人を信じることが怖くなったり、人間不信になったりしてしまう人もいます。
これは決して大げさな話ではありません。
いじめによる心の傷だけでなく、その後の対応による二次被害が、被害者をさらに苦しめてしまうことは少なくないのです。
もちろん、すべての先生がそうではありません。
被害者に寄り添い、一生懸命向き合ってくださる先生もたくさんいます。
だからこそ、一人でも多くの大人が「まずは子どもの話を聞く」という姿勢を大切にしてほしいと思います。
事実を丁寧に確認し、被害を受けた子どもの安心を最優先に考える――。
その積み重ねが、子どもの未来を守ることにつながるのではないでしょうか。
子どもは、大人の言葉や行動をよく見ています。
「あの時、助けてもらえた。」
そう思える経験は、その子の人生を支える大きな力になります。
反対に「誰も助けてくれなかった」という記憶は、長い年月が経っても消えないことがあります。
だからこそ、いじめをなくす努力と同じくらい、その後の対応を大切にしてほしいのです。
被害者が「勇気を出して相談してよかった」と思える社会へ。
その環境をつくる責任は、私たち大人一人ひとりにあるのではないでしょうか。
