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sorano_otos
真実を知ることは、そんなにいけないことですか
学校側に隠されてしまった真実。
子どもの安全のために、何が起きたのかを知りたいと思うのは、親としてごく自然なことではないでしょうか。
大切な子どもが被害に遭い、けがをした。
どんな状況だったのか、なぜ事故が起きたのか、同じことが繰り返されないのか。そう思って学校に尋ねるのは、学校を責めるためではなく、子どもを守るための行動です。
しかし、質問に対する返事は、あまりにも酷いものでした。
「いつまでこれを続けるんですか?」
「卒業するまで言い続けるんですか?」
まるで、こちらが理不尽なことを言っているかのように、先生から罵声を浴びせられました。
子どもの安全のために尋ねているのに、状況を知ろうとすることの何がいけないのでしょうか。
むしろ、何も聞かずに黙っている親のほうが自然なのですか?
このような話は、決して特別なものではなく、各地で繰り返されているようです。だからこそ、同じような経験をした人同士がつながり、情報を共有しようとする動きも広がっています。
ただ、そのつながりを現状を変える力に変えていくのは簡単ではありません。学校や教育委員会といった組織に対して、個人の声を届ける難しさも感じます。どれだけ筋の通った意見であっても、一人の声はかき消されています。
また、つながりができてきても、それぞれの事案は異なり、背景も状況も違う中で、「どこから何を変えていけばいいのか」と悩むことも多いのです。良い方法がすぐに見つかる問題ではないかもしれません。
それでも、問い続けること、つながろうとすること、その一つ一つが、少しずつ何かを変えていく力になると信じたいと思います。
そして、子ども達を守るための真実を知る権利をしっかりと主張していき、学校の隠蔽体質を変えていきたいと思います。
