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因果応報を願っているわけではない

「因果応報」という言葉があります。
良い行いには良い結果が返り、悪い行いには悪い結果が返ってくる。そんな意味の言葉です。

学校問題やいじめの被害に遭った人たちと話をしていると、「やっぱり因果応報はあるのかもしれない」と感じる出来事を耳にすることがあります。
しかし、誤解してほしくないのは、被害者は加害者の不幸を願っているわけではないということです。

時々、「そんなに恨んでいるの?」とか、「相手を不幸にしたいの?」というような受け取られ方をすることがあります。
でも、多くの被害者が本当に望んでいたことは、そんなことではありません。

被害を受けたことを認めてほしかった。
起きた事実をなかったことにしないでほしかった。
そして、心から謝罪してほしかった。

ただ、それだけなのです。

もし最初の段階で誠実に向き合ってもらえていたら、ここまで苦しまずに済んだケースも少なくないと思います。
しかし現実には、事実が否定されたり、話がすり替えられたり、被害者側に責任があるかのような説明がされたりすることがあります。
被害そのものだけでなく、その後の対応によって、さらに深く傷ついてしまうのです。

被害者が同じように不幸な目に遭っていたら、それもまた気の毒だと思います。そして「なぜあの時、きちんと向き合ってくれなかったのだろう」と感じることの方が多いのです。
誰かが不幸になったからといって、自分の傷が癒えるわけでもありません。

被害者が本当に求めているのは復讐ではないと思います。

何が起きたのかを認めること。
間違いがあったなら認めること。
傷つけたのであれば謝ること。

本来、とても当たり前のことです。
それができていたなら、長い年月をかけて争う必要もなかったかもしれません。
被害者は決して加害者の人生を壊したいわけではありません。
ただ、自分たちが受けた苦しみを無かったことにしないでほしいだけなのです。その思いが、もっと社会に理解されるようになればいいと思います。

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