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「自分が悪い」と思い込んでしまう前に

被害者は、ずっとこの苦しい状況から抜け出せずにいます。
毎日、心の中で何度も「どうしてこんなことになったのだろう」と問い続けながら、それでも時間だけが過ぎていく。
そしていつしか、「きっと自分にも悪いところがあったんだ」と、自分を責めるようになってしまうのです。

でも本当は違います。
人の心を踏みにじり、事実さえもねじ曲げて、自分たちの都合のいいように話をすり替えた――その人たちが悪いのです。
被害者は悪くない。
そう言い切れるはずなのに、当事者である本人ほど、そのことを信じられなくなってしまうのが、いじめや不当な扱いの怖いところだと思います。

困ったとき、苦しいときに、助けてくれるのが先生であるはずです。
それなのに現実は、被害者ではなく加害者の側に立って、加害者を守ろうとする先生がいる。
そのたびに被害者は、「やっぱり誰も信じられない」と心を閉ざしていくのです。

学校に救いを求めたのに、逆に追い詰められた――。
そんな子どもたちがどれほどの絶望を抱えているか、想像したことがありますか?
「居場所がない」というのは、物理的な場所がないという意味だけではありません。
誰にも理解されず、どこにも頼れるところがないということです。

被害者が苦しんでいるのは、弱いからではなく、誰かに気持ちを踏みにじられたから。
そして、それを見て見ぬふりをした大人たちがいる。
誰か被害者に力を貸してあげてほしい――心からそう願います。

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