「身を切る改革」とは何か――600億円の解散に、覚悟はあるのか
「身を切る改革」という言葉を、何度聞いただろう。
議員定数を減らす。
手当を見直す。
政治家が痛みを分かち合う――。
けれど、その言葉が使われるたびに、
どこか空虚さが残る。
なぜなら、本当に身を切らされているのは、
いつも国民の側だからだ。
国民は、すでに20%の「身を切らされている」
物価が上がる。
円安が進む。
光熱費、食料品、家賃、保険料。
気づけば、
生活の実感として20%前後の負担増が起きている。
これは――
・選択できない
・相談もない
・即座に起きる
強制的な資産の目減りだ。
国民には
「覚悟がなければやめる」
「もう少し様子を見る」
という選択肢はない。
ただ、影響を受けるだけだ。
一方、政治の「解散」はどうか
衆議院解散。
総選挙。
かかる費用は、約600億円。
それだけの税金を投入しながら、 ・判断した政治家の報酬は減らない
・政党助成金も基本的に守られる
・失敗しても、制度的な損失はほぼない
コストは国民、判断のリスクはゼロ。
この構造は、あまりにも非対称だ。
解散は自由でいい。だが、無リスクであってはいけない
ここで誤解してほしくない。
私は、
解散そのものを否定しているわけではない。
解散は、民主主義の重要な仕組みだ。
だが、それは 「覚悟を伴う選択」 であるべきだ。
600億円を使う判断なら、
判断した側も、同じ現実を引き受ける。
それが民主主義のフェアさだと思う。
私案:解散に「覚悟」を組み込む制度
例えば、こうだ。
① 解散宣言から選挙当日まで
全議員の歳費を50%削減
理由は単純だ。
国会は止まり、政治的空白が生じる。
仕事を止める判断をした以上、
報酬も半分でいい。
② 同一任期(4年)中の解散回数に応じた段階的負担
1回目:歳費(給料)▲20%
2回目:▲30%
3回目:▲40%
4回目以降:▲50%
政党助成金も同率で削減
解散は自由。
ただし、乱用すれば自分たちが払う。
③ 与党が議席を減らした場合
「民意を得られなかった責任」として
歳費・政党助成金を さらに▲5%
その削減分の 半分を野党へ配分
野党側にペナルティは課さない
判断したのは与党。
だから責任も与党が負う。
民意を得た側に、次の政治資源が渡る。
それだけの話だ。
これは「罰」ではない
これは懲らしめでも、感情論でもない。
ただ、
コスト・判断・責任を同じ場所に戻す
それだけだ。
国民は、政治の結果によって
20%、30%と生活の余裕を失うことがある。
ならば、
600億円を使う政治判断にも、
同じ桁の覚悟があっていい。
覚悟がなければ、続ければいい
途中で民意を問う自信がないなら、
任期を全うすればいい。
政策は、時間をかけて評価されるべきだ。
そして――
もし結果が出なければ、
4年後に負ければいい。
それが民主主義だ。
「身を切る」とは、同じ現実を引き受けること
国民だけが削られ、
政治だけが無傷でいる。
その状態を「身を切る改革」と呼ぶのは、
もう無理がある。
解散は自由でいい。
だが、無リスクではいけない。
600億円を使うということは、
それだけの覚悟を示すことだ。
ただ、それだけの話だ。
【追記】議員定数10%削減と、衆議院解散のコストを比べてみる
ここで一度、よく語られる
「身を切る改革」=議員定数削減
と、衆議院解散のコストを、冷静に数字で比べてみたい。
■ 議員定数10%削減の場合
衆議院の議員定数は 465人。
その10%は 約46人。
議員1人あたりの歳費・秘書給与・事務所費などを含めた
年間コストは概算で1.2〜1.5億円とされている。
すると――
46人 × 1.2〜1.5億円
= 年間 約55〜70億円の削減
これが、よく言われる「身を切る改革」の実態だ。
■ 衆議院解散・総選挙1回のコスト
一方、衆議院解散に伴う総選挙は、
投票・開票事務
選挙公営費
印刷・広報・人件費
などを含め、約600〜700億円の税金が使われる。
■ 比べるとどうなるか
単純に並べると、こうなる。
議員定数10%削減(1年分):約55〜70億円
衆議院解散・総選挙(1回):約600〜700億円
つまり、
解散1回分の税金 =
議員定数10%削減の「約10年分」
だ。
■ 問題は「人数」ではなく「判断の重さ」
ここから見えてくるのは、はっきりしている。
定数削減は、象徴的ではあるが即効性は小さい
本当に巨額なのは、「解散」という政治判断そのもの
にもかかわらず、
解散を決めた側には、制度的なリスクがほとんどない。
国民には、
物価上昇や円安で20%の生活コスト増が即座に降りかかる。
それなのに、
600億円を使う判断が、
「無傷」で行われるのは、やはり不自然だ。
■ だから「身を切る」のは、ここであるべきだ
人数を少し減らすことよりも、
巨額の税金を使う決断に、覚悟を組み込むこと。
解散は自由でいい。
だが、無リスクであってはいけない。
この追記は、
「身を切る改革」とは何かを、
数字で問い直すための補足である。
既存政党は、この制度を言い出せない。
なぜなら、これまで解散を「使ってきた側」だからだ。
だが、だからこそ、
言える政党が必要だ。
