【不登校】あなたの「普通」は「普通」じゃない
あなたと共にうたいたい。
元高校教師(国語)
タコ吹き先生 枝瀬です🐙
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
教育は
自分が変わらないと
他人を変えることなんてできない。
=「主体変容」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【たこせん枝瀬の発信の足】

【連絡】
公式LINEはじめました!
主に「不登校に関する」情報発信をしています。

親として、子どもに何をすればいいのかがわかります。
読んでいくうちに、
常識や固定観念にしばられない見方、考え方が
身について、こころも身体も軽くなりますよ(˶˙๏˙˶)♡
「普通」という思考停止状態
「普通」に考えれば分かるよね?
「常識的」に、ありえないんだけど
「一般的」には、こうでしょ?
学校現場でも、仕事の最中も、
ふとしたとき、耳にする言葉です。
家庭でも、
こういう言い方ありませんか?
枝瀬もつい言ってしまって、
「しまった!」と後悔することがあります。
これらの言葉、
そうかもな、、、と思えなくもない
部分もあるのですが、
このような「言葉」に
なんの違和感も覚えないのは、
かなり危ないかも
しれません。
思考停止状態だからです。
「普通」は相当「普通」じゃない
そもそも、
「普通」って、
何でしょうか?
高校の学科で
「普通科」の対義語は
「専門学科」です。
じゃあ、
「専門」じゃないのが
「普通」??
・・よくわかりません。
また、
「常識」は、
どこまでの範囲を指して、
何に対してあてはめているのでしょうか?
例えば、
エスカレーターに並ぶとき、
関西地方では、
「右」
に並び、
左を空けます。
それ以外の地方では、
「左」
に並び、
右を空けます。
この前、
糸井重里さんのエッセイを読んでいたら、
(右も左も)空けずに
2列で乗るのが一番いいじゃないか
と主張されていて、
確かに!
と思いました(笑)。
エスカレーターの乗り方は
卑近な例かもしれませんが、
学校の文化や
家族のルールなども
「普通」といわれるものの正体は
かなりあいまいです。
地域とか、世代、国によっても
「普通」や「常識」は違いますよね。
日本では”当たり前”だと思っていることも、
海外ではNGなこともある。
むしろ、
海外の目線で日本をとらえると
日本人は
きっちりしすぎている
のかもしれません。
「普通の子になりたい」という願い
不登校のお子さんと
話していると、
普通の子になりたい。
というセリフを
よく聞きます。
でも、
そのセリフを聞いた瞬間、
枝瀬は、
「普通って何さ?」
と質問します。
ともすると、
それは、
実体のない
曖昧な「自己否定」に過ぎず、
自分という存在のかけがえのなさ、
自分という「個性」の良さを
はっきり認識しようとしない
思考停止の状態に思えてなりません。
一例をあげるなら、
魚は泳ぐのが普通。
鳥は飛ぶのが普通です。
魚に飛ぶのを要求するのは
普通ではなく、
鳥に泳ぐことを求めるのも
普通じゃありません。
ということは、
その子は、
その子でいることが
「普通」なんです。
だれとも、
比較する必要なんてない。
自分にないものねだりをして
自分にないものを持っていることを
普通って思うと、
ものすごく
自分で自分をいじめちゃうことになる。
自分の「普通」を大切にしていけば「個性」になる
繰り返します。
「普通」って
自分自身のことを
「普通」って言うんですよ。
自分がやっていること
自分が考えていること
それが「普通」なんです。
それぞれの「普通」は
人とは違うんです。
お子さんが人と話すのが苦手だけど
例えば本とかを読んで
イメージの世界を膨らませるのが好き。
それなら、
それが「普通」なんです。
いいじゃないですか!
その子にとって
その方向で人を喜ばすだとか
自分を夢中にさせるっていう方向に
働いていけば
絶対、将来の仕事につながっていくし
自分自身で生きていくことに
直結していきますよ。
今日はここまで。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
嬉しくてタコ吹いちゃいます(˶˙๏˙˶)♡
【連絡①】
公式LINEはじめました!

親として、子どもに何をすればいいのかがわかります。
主に「不登校に関する」情報発信をしています。
夢中になる学びは学校じゃなくてもできます!
【連絡②】
「不登校の処方箋」マガジンはこちら。
現代の教育現場で、
学校も家庭も地域も直面している
「不登校」問題。
ふとした「気づき」の
きっかけになればと思って
書いています。
