見出し画像

怒ってる人は、さみしかったんです。

今回の内容は、

りょーやんさんの記事と
クロサキナオさんの記事を読んで
感じたこと、思ったことを
自分事に置き換えてみました。

特にクロサキナオさんの記事には
定期的に「人間の生きざま」を描く
ストーリー記事があり、
これが抜群におもしろいなあ、
と思っていました!

同僚にせよ、生徒にせよ、
一人の人間の「今の状況」を
文章に書き記していけば、
自分の中で新しい気づきが
生まれる気がしたのです。

文章を書くことは、
自分に「発見」をもたらす効果があることを
期待しています。

みなさんのお役にも立てたら、
なお嬉しいです。


生まれる時代を間違えた男

Aという部下がいる。
20代後半、横須賀出身。
臨任だ(臨時的任用職員の略)。

よくAにも話すのだけど
「生まれた時代を間違えたよな」
とからかっている。

彼を形容するなら
ザ・昭和の漢(おとこ)という
言葉がふさわしい。

義理人情に厚く、
生徒にトコトン(自己犠牲的なまでに)
働きかけてあげられる。

授業も大人気。
担任ではないのだけど、
朝夕、学校の廊下を
ねり歩き、
授業の補習や、
行事の打ち合わせや
人生相談をしている。

生徒の名前を覚えることが
抜群に早く、
1000人近くの生徒がいる学校の
およそ7,8割は
把握しているんじゃないかなあ。

生徒のことでわからないことが
あったら、Aに聞けば、
なにかしらの情報を持っている。
担任以上に生徒を理解していたりもする。

とにかく一言で
「生徒思いの頑張り屋」

その情熱の熱さに
自分もエネルギーをいただく形で
一緒に仕事をして楽しかった。

食事に行って
仕事の話、プライベートの話を
さんざん話したりもした。

異変、違和感、ダークサイド顕現

少しずつ、Aの雰囲気が
重々しくなってきたのは
9月の終わり。

その直前に文化祭という
一大イベントがあった。

文化祭は
外部公開すると1万人近くの
来場者が訪れる
ビッグイベントなので
委員会活動も小チームに分け、
生徒たちに担当職員をそれぞれ配置させ、
組織的な運営が必要になってくる。
報連相も欠かせない。
自分は、その取りまとめ役。

ここでAは、働きすぎた。
いや、
他の先生方の言葉を借りれば、
「暴走」に近い。

1番、他の先生方の反感を買ったのは、
Aの管轄以外のところで、
担当職員をすっとばして
生徒と話を進めている点。

でも、これA目線だと
「他の先生たちは生徒をほったらかしだ」
という認識になってしまっている。

つまり
○○という担当部署があったとして、
その担当の先生の指示が
Aに言わせると
「足りない」のだ。

ゆえにAが関わって
フォローする形になる。

でも、それが担当職員と
報連相した上でないから、
当然、摩擦が生じるのだ。

組織なら、まあよくあることだと思う。

ただ、根は深い。

自分は年齢も立場も上にあるので、
そこらへん、目に見えていなかったのだけど、
Aに対する有形無形の非難が
そこかしこにあったのだ。

担任以上に生徒の支持を受けているやっかみ
臨任であって、正規じゃないよね、という偏見。
「Aは生徒を囲い込み過ぎている」という非難。
その他、生意気、傲慢、暴走、態度悪い…云々。

これはA自身も感じているし、
自分も空気感として確かにそれを感じる。

つまり、
Aは職場でバリバリ浮きはじめたのだ。

組織的な動きという点では
確かに彼はでしゃばりすぎている。
その点は注意しなければならない。

でも、彼の意識の高さ、
生徒とより良いものを作りたい、
生徒に寄り添いたい、という気持ちもわかる。

だから、
飲みにつれていって
「大人になれ。全部がお前の思いどおりにはならない。でも、ここだけは!という一点だけこだわり抜け」と何度も話をした。

すると、
彼は(熊のような男なのだけど)
目に涙を浮かべて
自身のコンプレックスを
滔々と話す。

いろいろあるけど、
1番は「臨任」だということ。
つまり、彼は教員採用試験に合格していない。
学力は満点近い。
でも面接で落とされているのだ。

面接で何度も落とされることは
彼を相当に傷つけた。
「俺の人間性が否定されているみたいでツラい」
と涙したことも。

他の先生に言わせれば
「それ、見たことか!組織で動くための社会性がAには欠けているのだ。子どもに人気でも、彼は精神が幼すぎる」という意見になる。

それは、まあ、そうとも言える……。

ドライでクールでスマートな職場

現場によって事情はさまざまだから、
単純な一般化には気を付けるべきだけど、
少なくとも自分の職場はここ数年で
かなりドライになった。

働き方改革
部活はブラック
教員定額働かせ放題

という認識が大手をふるって、
部活をやらない先生が増えているし、
若手も5時定時でしっかり帰る。

3学期がはじまった。
この時期はきまって
不登校傾向の生徒がポツポツ現れる。

1週間まるまる休んだ生徒がいたので
若い担任の先生(Aではない)に「どうなっている?保護者はなんて話してる?」と聞いたら

電話してるけど出ないんですよねえ。
留守電になります。折り返しもないし。
両親共働きみたいだから、
7時とか8時にかければつながるかもしれないけど僕も定時で帰りたいし、そこまでの愛情はないっす。

と純度100%迷いのない返答に
こちらが言葉を詰まらせた。

若い先生は自分の身を守るためにも、
ラインをしっかり引きたがる。

5時定時。
部活は先生の仕事じゃない

うん、それはそう。
そうでもしないと、
とたんにつぶされてしまう現況なのも事実。

でも、
発想が合理的になればなるほど、
人間がモノ扱いされている気もして、

特にネガティブな感情の成仏のさせ方を
個々にマスターしていかないと
いつかダークエネルギーが顕現しそうで怖い。

1番、怖いのは
「自己責任でしょ」
という言葉。

つながりが希薄のまま、
投げかけられるこの言葉ほど、
「さみしい」ものはない。

怒りじゃなく寂しいんだ


そう、さみしいのだ。
Aにテーマを戻す。

Aはしょっちゅう怒っていた。
他の先生はもちろん、
自分にその怒りの矛先をむけることもあった。

一方、
他の先生方は
Aに対してぷんぷん怒っている。
いや、言葉が穏やかだな(苦笑)
怒鳴り合うシーンもあった。

一つ上の準管理職的な目線でいえば
どっちもどっちな気がする。
だから、どっちも歩み寄れよ、
なんて妻に愚痴ったりもした。

でもりょーやんさんや
クロサキナオさんの記事を読んでいるうち、

ああ、根っこは、
怒りじゃない。

寂しさだ

と気づいた。

今の職場は、
職員も生徒もつながり希薄で寂しいんだ。
バラバラなんだ。
みんながそれぞれの立場で
自己主張してるけど、
真っ向から衝突するような「手応え」がない。

ともすると
「自己責任」の一言で
バトンを渡されてしまう。

本当は、
話を聞いてほしいだけ。
気持ちをうけとめてもらいたいだけ。

苦楽を共にして
ケンカしていた方が
よっぽどエネルギーがたまってくる。

自分も含め最近の人は
ケンカの仕方が下手だから
一度もめると、
それでバイバイになりがちだけど、

なんとか
「つながり」を
実感できる職場作りができないかなあ。

なんて、現在進行形で悩んでいる。
ご意見、アドバイス絶賛募集中です。

キーワードは

お互いさま
もちつもたれつ
運命共同体

なのかなあ、と。

最後までお読みいただきありがとうございます。
これを読んだあなたの少しでもお役に立てれば嬉しいです。






いいなと思ったら応援しよう!