『空間もない無』相対的芸術論 —— 人はどうあがいても完全な無を想像できない

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序文

「無を想像できない人間のための芸術論」

人は、無を恐れる。
それは死の予感であり、存在の終焉であり、意味の消失である。
しかし、人は同時に、無を想像しようとする。
その試みこそが、芸術の始まりであり、神への問いかけであり、人間であることの証明なのかもしれない。

本書は、「完全な無は想像できない」という前提から出発し、芸術・神・人間の関係性を再構築する思想的旅である。
芸術とは何か。神とは何か。人とは何か。
この問いに対して、私は「人が為したすべては芸術である」という仮説を立てた。
この仮説は、芸術を定義するだけでなく、人間の存在そのものを再定義する力を持つ。

読者には、ぜひこの旅に同行してほしい。
それは、無を想像しようとする試みであり、神に亜ぐ存在としての人間を見つめ直す冒険である。
芸術とは、無への旅であり、神への祈りであり、人間の誇りである。
この書を通じて、あなた自身の「創作者としての使命」に気づいていただけたなら、それ以上の喜びはない。

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空間もない無

相対的芸術論 —— 人はどうあがいても完全な無を想像できない


序章 芸術が人を人にする
—— 汎芸術論による存在の再定義


「人が為したものはすべて芸術である」という仮説から、人の存在の意味と意義を問い直す

・第一節 芸術によって人は「人」になる
・第二節 言語は芸術の一形態である

第一章 完全な無は想像できない
—— 想像主義による芸術の起源論

考えることよりも「想像できるか否か」を基準とする思想体系の出発点

・第一節 芸術は「無」から生まれる
・第二節 人は完全な無だけ想像できない
・第三節 理解とは想像である/言語と認知の公理
・第四節 想像できないという事実が人を謙虚にする
・第五節 完全な無の「姿」を描こうとして描けないこと
・第六節 「想像できない」を考えるという試み

第二章 想像の種子と「特殊な無」
—— 死後の世界と芸術の起源

想像できることとできないことの境界から、「完全な無」の構造と芸術の根源を探る

・第一節 想像には「種子」が必要である
・第二節 死後の世界は「特殊な無」かもしれない
・第三節 完全な無に「ある」もの/特殊な無の感触

第三章 絶対と相対の芸術
—— 想像欲による創造の構造

完全な無にある狭き門から生まれる芸術と人の想像から生まれる芸術の鏡像関係を探る

・第一節 完全な無から生まれる芸術と想像から生まれる芸術
・第二節 芸術作品の価値は「無」への距離
・第三節 尊ばれる芸術とは「完全な無」に最も近いもの
・第四節 芸術とはなにか/人間の定義としての芸術論
・第五節 想像欲/人間だけが持つ創造への渇望
・第六節 想像には誤りが混じる/進化するための不完全性
・第七節 想像・創造・創作・芸術/すべては人が為すもの

第四章 無が人をつかさどる
—— 芸術・自然・神・人の鏡像構造

芸術の定義を起点に、人・自然・神の関係性を再構築する思想的転回点

・第一節 芸術とは「人が為したすべて」である
・第二節 創作する「人」の定義/想像欲を持つ存在としての人間
・第三節 自然・神・芸術・人/四位一体の鏡像関係
・第四節 人が創った神が人を創った/同時誕生の逆説
・第五節 創造と創作/「無」からの誕生と「有」からの生成
・第六節 さまざまな神/想像できる神と想像できない神
・第七節 「考え」は神の声なき声である/創作する人の特異性

第五章 芸術の真価
—— 神の創造に最も近づく人のわざ

芸術が人間の存在を照らし神との邂逅を可能にする思想的構造

・第一節 神のわざと人のわざ/自然と芸術の対称性
・第二節 人と神との邂逅/芸術が生む「神性の感触」
・第三節 危うさの自覚と刺激/芸術が存在を問い直す力
・第四節 言語は芸術の規範/神から独立した人の創作
・第五節 人が創作した自然/神のわざに匹敵する創造の痕跡
・第六節 神を知るものは人/模倣と創作による存在の定義

第六章 神の寿命
—— 芸術家としての人が神を存続させる

神の不死を願う構造の中で人が芸術家として生きる意味と使命を照射する

・第一節 人が存在する意味/神を知り、模倣する者としての人
・第二節 あなたが芸術家であること/神の願いとしての創作者の使命
・第三節 人の消滅と神の消滅/創作者が消えれば創造主も消える
・第四節 存続の意味と目的/神が人に「考え」を与える理由
・第五節 神の後継者/人は神に亜ぐ存在となるか
・第六節 神からの祝福と無視/芸術の価値は「新規性と浸透性」に宿る
・第七節 人がより芸術家となる条件/神に亜ぐ創作者としての生き方

第七章 神を亜ぐもの
—— 芸術家として生きる人の使命と連帯

神の後継者としての人が芸術を通じて世界と他者を祝福する思想的完成章

・第一節 芸術家としての誇りと尊厳/すべての人が神の手先であるという自覚
・第二節 芸術を鑑賞し、愛でること/神に亜ぐ者としての連帯の始点
・第三節 鑑賞すべき芸術/「人が為したすべて」を祝福する視点の獲得
・第四節 人が神に望むこと/芸術を通じた“神の出現”の祈り
・第五節 贋作・盗作・複製の価値/創作の倫理と芸術の階層性

終章 宝探しとしての鑑賞
—— 完全な無への旅としての芸術体験

主観的評価と絶対的価値の交差点で、神の姿を探る思想的冒険


空間もない無


相対的芸術論 —— 人はどうあがいても完全な無を想像できない 

序章 芸術が人を人にする

—— 汎芸術論による存在の再定義

「人が為したものはすべて芸術である」という仮説から、人の存在の意味と意義を問い直す

【芸術とは、人が為すことの中でも、最も根源的な問いに触れる行為である。
それは単なる表現ではなく、自然(神)と対峙し、創造によって世界を再定義しようとする試みであり、
人が「人」として存在するための証しでもある。】


序章/第一節
⚫︎芸術によって人は「人」になる


人の存在には、すべての生きものがあらかじめ持っている存在の意味と意義に加えて、特別な意味と意義があるとわたしは考えています。

わたしの考えとは反対に、すべての生きものはおろか、すべての存在に意味と意義などない、ましてや人にだけ特別な意味と意義があるなどあり得ないと考える人もいます。人は一動物に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない、と。

そうした人たちは自然界で優位に立ったとする人のおごりを説きます。しかし、おごりがあろうとなかろうと、それは人の存在をいたずらに矮小化しているようにわたしには思えます。

人の存在には、他の生き物にはない特別な、たしかな意味と意義がある。ここではその仮説の正しさを証明するため、その仮説を前提とし、新たな汎芸術論を敷衍します。


わたしは、人の存在には特別な意味と意義があると信じていますが、その特別な意味と意義は、あらかじめわたしたちの存在と一体になって備わっているものではないとわたしは考えています。

人の存在には、もともと意味も意義も備わっています。しかしそれは、人以外の生きもの(すべての生きもの)も同じようにあらかじめ持っている存在の意味と意義です。特別な意味と意義、ではありません。

人は、群体としても個体としても、人が『人』になる過程で特別な意味と意義を得ると考えます。
特別な意味と意義を得ると、その瞬間から人はすべての生きものの中で特別な生きもの、特別な存在に変貌します。あえて言うなら、昇格します。

人を特別な生きもの、存在に押し上げたのは、人が他の生き物にはない特別な、異質な能力を持っていたからだと推測されます。
多くの人は、その異質な能力の筆頭に「高度な言語能力」をあげます。
しかし、高度な言語能力は人を急速に進化させはしましたが、高度な言語能力よりも前に、人を特別な生きもの、存在に変えたもの、変えるものがあります。芸術です。

一口に芸術と言っても、多くの人が曖昧ながら確信めいて認める芸術をはじめ、多くの人が眉をひそめながら断固として否定する芸術まで、さまざまな芸術の枠があります。
しかし、多様な枠、多様な定義、すべてをまとめ、人は『芸術』によって唯一無二の特別な生きもの、特別な存在になり、特別な意味と意義を持った、とわたしは考えています。

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