哲学なんか何の役にも立たないって? ⸻ ばかなの?
哲学なんて、何の役にも立たない。そう思っている人は多い。思っていない人っているのかしらん、と思うくらい、多い。
実は私も、そうだった。つい最近まで。つい最近、哲学に目覚めた?
半分、アタリ。半分、ハズレ。
哲学や哲学者について、ちょっとだけ、考えるようになった。でも、目覚めたわけじゃない。考えるようになっただけ。
で、あらためて。
哲学は、何の役にも立たないか?
科学の知識がなくても、
科学の恩恵に浴していることは、
たぶん誰もが認めるだろう。
数字の知識がなくても、
数字の恩恵に浴していることは、
たぶん誰もが認めるだろう。
医学の知識がなくても、
医学の恩恵に浴していることは、
たぶん誰もが認めるだろう。
そう。大学の学部の一覧を見てみよう。
その中で「哲学」だけ、
突出して実用から遠いような顔に見える。
哲学の知識がなくても、
哲学の恩恵に浴していることは、
たぶん誰もが……知らない。
しかし、
「あなたは、なんで生きてるの?」
「わたしは、なんで生きてるの?」
この問いは、許しがたいが、許される。
人間の特権だからだ。
そしてその答え。
どんな答えであっても ⸻ 「わからん」という答えであっても、
なんだ、すべて「哲学」だ。
すべて哲学だ、と私は思った。
念のため、
AI先生に聞いてみた。
「哲学は、役に立つ?」
するとAI先生は、
「めちゃくちゃ役に立っています」
と即答した。
「たとえば民主主義」
「たとえば人権」
「たとえば自由」
「たとえば法の下の平等」
これらは自然界には存在しません。
石や木と同じ意味では、存在しない。
それでも「あることにする」ための土台を作ったのが、
哲学者たちです。
私は少し考えた。
なるほど。
たしかに猿は選挙をしない。
猿は人権を語らない。
猿は自由や平等のために戦争したりしない。
人間だけだ。
AI先生はさらに続けた。
「あなたが会社で上司に殴られないのも哲学です」
「警察が勝手にあなたを捕まえられないのも哲学です」
「女性に選挙権があるのも哲学です」
「奴隷制度が否定されたのも哲学です」
「子供が教育を受けられるのも哲学です」
私は少し笑った。
なるほど。
哲学者は何も作らない。
車も作らない。
薬も作らない。
スマホも作らない。
しかし、
車をどう使うべきか。
薬を誰のために使うべきか。
スマホで何をしてよいか。
そのルールや価値観を作っている。
AI先生は最後に、
少し嫌味っぽく言った。
「ニュートンの法則を知らなくても重力の恩恵は受けます」
「医学を知らなくても医療の恩恵は受けます」
「哲学を知らなくても哲学の恩恵は受けます」
「ただし哲学だけは、自分が恩恵を受けていることに気づきにくいのです」
私は、
なるほどな、と思った。
魚は水を知らない。
人間は空気を知らない。
そして私たちは、
哲学を知らない。
なぜなら、
それはあまりにも当たり前に、
私たちの世界の土台になっているからだ。
だから、
哲学は何の役にも立たない。
そうしたり顔で言う人を見ると、
私は少し不思議な気持ちになる。
たぶんその人は、
「空気なんか何の役にも立たない」
と言っている人に近い。
吸っていることに、
気づいていないだけなのだ。
私たちは既に哲学の中に住んでいる。
魚が水を知らないように。
空気を吸う者が空気を意識しないように。
私はもう、
哲学なんて何の役にも立たない、
とは言えそうにない。
言おうと思えば言える。
しかしその瞬間、
私は無数の哲学者たちの冷笑を聞く。
二千年以上も前からの。
私はもうたぶん、
哲学、哲学者を茶化すことはできない。
ちょっと、寂しいが。
了
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