傷ついたインナーチャイルドの正体は、“愛されるための役割”だった
唐突ですが、私はずっと不思議だったことがありました。
それは、ソウルメイトたちにある共通点があったことです。
その共通点は何かというと、“依存”です。
引き合っているソウルメイトたちは、みんなそれぞれ“依存”をテーマに波乱万丈な人生を送っていました。
それに比べて、私は何かに依存してきたことがありませんでした。
なぜこうもたどってきた経歴が違うのに、強烈に惹かれるのだろうかと、
彼らと不思議な縁を感じつつも、どこか他人事のような、対岸の火事を見ている感覚でいました。
が、ここにきて、突然目の前に
“お前こそ依存しているものがあるだろう”
といわんばかりの現実を叩きつけられ、そこで改めて自分も依存体質だったことに気づきました。
表に出てくる程度の差があっただけで、私は私で相応の闇を抱えていたのです。
そして、これが今世のみならず過去世から続く魂のクセなのだということに、私はたどりつきました。
正直に言ってしまうと、あんまり向き合いたくないという抵抗の気持ちがあります。
向き合いたくないからこそ、これまでまともに取り扱うことなくきてしまいました。
ただ、最近色んなことが目まぐるしく起こる中で、
魂レベルで変容する必要に迫られていることを、実感しています。
ということで今回は、本格的にサブスクを始める前に、魂レベルで持ち続けてきたクセを手放すため、自分の闇と向き合っていこうと思います。
さて、
私が気づいた魂レベルのクセとは、人と共依存関係を結びやすいということです。
そもそも、人は何かに依存して生きています。
依存を言い換えると、“考え方”や“捉え方のクセ”のようなものと言えます。
それ自体は悪いものではありませんが、自分らしく生きる上で妨げになってしまっている場合は、一刻も早く手放していく必要があります。
それが私の場合は、“共依存”でした。
伊東明著の『恋愛依存症 - 苦しい恋から抜け出せない人たち』によると、共依存を見抜くポイントとして、5つの特徴が挙げられています。
(※恋愛依存症に限らず、対人関係全般における共依存に通ずるものとします)
①「必要とされる」ことを必要とする
②「救済者」になりたがる
③相手を放っておけない
④常に自分を後回しする
⑤現実を見つめることができない
以下、長くなってしまいますが、それぞれのチェック項目を引用します。
①「必要とされる」ことを必要とする
「自分が相手を好きかどうか」よりも、「相手が自分を好きかどうか」のほうにより大きな価値をおく。
「いつか相手は自分を必要としなくなり、どこかへ去っていってしまうのではないか」という漠然とした不安感に襲われることがある
孤独に弱く、常に誰かと一緒にいないと不安になってしまう。
②「救済者」になりたがる
他人の世話を焼いているときに、いちばんの充足感を感じる。
頼まれたわけでもないのに、相手の悩みごとに対して、「自分がなんとかしてあげよう」という使命感に駆られる。
「この人を助けてあげられるのは自分しかいない」と思うことがある。
③相手を放っておけない
悩んでいる人、困っている状況にある人を見ると、その人のことが気になって仕方がない。
相手の問題を、自分の問題としてとらえてしまう。
相手がどうすべきかわかっているのは、相手自身よりも自分のほうだと思うことがある。
④つねに自分を後回しにする
相手のささいな言動をいちいち気にしてしまう。
相手がつまらなさそうにしていたり、機嫌が悪そうにしていると、「自分のせいだ」と感じてしまう。
楽しいことをしていたり、幸せな気分でいると、ふと罪悪感が頭をよぎることが少なくない。
⑤現実を見つめることができない
友人たちの多くから「別れたほうがいい」と言われても、なかなか別れることができない。
つらさや苦しみがあっても、「愛しているから仕方ない」などと我慢してしまう。
「本当の彼(彼女)」をわかってあげられるのは、自分だけだと思う。
一般的に依存症を想像すると、“⑤現実を見つめることができない”の特徴をイメージしがちですが、
現実を冷静に見れなくなってしまうこと以外にも、自分に古くから根付いた考え方やとらえ方の癖により、共依存関係となってしまうことがわかります。
特に私は、
③相手を放っておけない
④常に自分を後回しにする
の項目がほぼすべて当てはまりました。
(心当たりがありすぎて、タイピングしている段階で胸にグサグサ刺さってました)
また、現段階でいまいちピンとこなくても、相手によって引き出されるパーソナリティは違ってくるため、
今後出会う人との関係性によっては、自分の考え方のクセがあぶりだされる形で、共依存関係となる可能性もあります。
以前の記事にも書きましたが、私は未だに母との間で共依存関係にあります。
例えば、別室から何か驚いたような母の声が聞こえると、一瞬ドキッとして
“なにか自分がしてしまったのではないか”
と不安に思ってしまうことがあります。
未だに、母と自分をはっきりと区別できず、親に対する罪悪感を完全に手放すことができていません。
私は自分の中に
“親の幸せは子どもである自分にかかっている”
という思い込みがあり、
そこから、魂レベルで抱えてきたクセと関連しているということにたどりつきました。
ということでここからは、その思い込みの根底にあった“ある意識”と、魂レベルで持つクセを深掘りした上で、
高次元との対話をもとに、その対処法をまとめていきます。
まず早速ですが、私が抱え込んできた、
“親の幸せは子どもである自分にかかっている”
という思い込みの根底にあった“ある意識”とは何かというと、それはズバリ、
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傷ついたわたしを迎えに行く
自分が嫌い。 自分を好きになれない。 自分でいることが楽しくない。 本マガジンでは、 そんな悩みを抱えた方むけに インナーチャイルドと向…
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