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資産はあっても、服はセカスト|リユース店で楽しむむのは、大人の宝探し。#256

 私のクローゼットには、ブランドロゴが目立つような服はほとんどありません。下着はユニクロ、靴はアウトレット。そして外出用の服は、セカンドストリートなどのリユース店で、さらに「セール時」を狙って手に入れたものがほとんどです。

 「FIREするほど資産があるのに、なぜ?」と驚かれることもあります。
けれど、今の私にとっては、これが一番心地よく、何より合理的な選択なのです。

 今日のnoteでは、インフルエンサーが発信するような「見せかけのキラキラ」を捨てて見つけた、FIRE達成者としての本当の金銭感覚と、見栄から解放される自由について綴ってみたいと思います。


セカスト通いは夫婦の「宝探し」。10回に1回しか買わない理由


 かつての私は、流行を追いかけては年2回のセールでまとめ買いをするような、典型的な「消費」の仕方を送っていました。

 しかし、FIREした今の楽しみは、夫婦でリセール店を巡ること。もはや私たちの共通の趣味になっています。お店に入ると、それぞれ別々に「品定め」を始めるのですが、ここからが本当の勝負です。

 私が「これいいな」と思うものを見つけても、妻の厳しいチェックが入ります。
「ここに少し汚れがあるよ」
「袖がほつれてる。長くは着られないね」
「この生地は厚すぎて、洗濯後の乾燥に時間がかかりそう」

 奥さんという最強の「検品担当」による審査の結果、私の候補は大半が不合格に(笑)。実際にレジへ向かうのは、10回に1回あるかないか。本当に状態が良く、かつ驚くほどの破格値がついている「お宝」に出会ったときだけです。

 たまに、自分では着ないけれど「これは市場価値に対して安すぎる」という掘り出し物を見つけたときは、つい癖で転売相場を検索してしまうこともあります。安いから買うのではない。価値と価格の歪みを見つける「宝探し」を楽しんでいるのです。

見栄にお金を払うのをやめた時、人生のリスクは劇的に下がる

 若い頃は、私もブランド品に憧れ、背伸びをして身を包んでいた時期がありました。

 しかし、FIREし、年齢を重ねた今の私のファッションに対する視点は、至ってシンプルです。
 
 「着心地が良いか」そして「自分に似合っているか」

 もはや、それ以外の基準は重要ではありません。どうしてもブランド品が欲しい時でも、迷わずリセール品(中古)を選びます。それが最も合理的だからです。

 最近はSNSを開けば、インフルエンサーたちが華やかな服をまとい、派手な生活を誇示しています。それを見て「自分もああなりたい」と憧れる若い方も多いでしょう。

 けれど、私から見れば、「キラキラした世界を追うために、無理をして背伸びをする必要なんて、どこにもない」と断言できます。

 むしろ、そうした虚像への憧れは危険ですらあります。
 自分を大きく見せたい、早く成功したいという「隙」は、思わぬ犯罪や巧妙な詐欺を引き寄せる絶好の餌食になるからです。見せかけの豊かさを追うのをやめた瞬間、そうしたリスクからも解放されます。

 自分にとって本当に価値があるものだけに、お金と時間を使う。
 この「自分軸」さえあれば、誰に誇示しなくても、心は十分に満たされると思うのです。

まとめ

 ファッションという視点から見たとき、FIREして私たちが手に入れた本当の自由とは、「何でも買える権利」ではありませんでした。

 それは、「誰かに自分をキラキラに着飾るための出費」から、完全に卒業できたことなのかもしれません。

 セカストのラックを10回眺めて、ようやく見つけるたった一つのお宝。
 そんな泥臭くも、夫婦二人で楽しめる「宝探し」のような穏やかな日常のほうが、かつて追いかけたどのブランド品よりも、私を自由に、そして豊かにしてくれています。

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おふたりさま|FIRE×配当金生活 最後まで読んでくださり、ありがとうございます!面白いと思っていただけたら、作者にエサを与えるような感じで、サポートいただけると喜びます。今後の執筆のエネルギーになります!