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小さく口にした言葉が、次の暮らしを連れてくる

冬の準備と考える時間

冬になり、畑に出る時間は自然と短くなりました。朝の冷え込みが強くなり、雪が完全に解けていない状態の畑を気にしながら最低限の作業を済ませる日が続いています。その分、家の中で春に向けた準備や計画を考える時間が増えました。
どんな苗を作るか、いつ頃から動き出すか、何が必要で何がまだ足りないのか。体を動かすよりも、頭の中で一つひとつ整理していく季節です。仕事先での会話にも、最近は自然と次の季節の話題が混じるようになり、時間が少し先へ進んでいることを感じます。


苗を育てるという日常

野菜作りの中で、私が一番心が落ち着くのは収穫の瞬間ではありません。種をまき、芽が出るのを待ち、少しずつ育っていく苗を世話している時間です。水の量や日当たりを調整しながら、日々の小さな変化を確かめる。その過程そのものが、生活のリズムを整えてくれます。
移住してきてすぐ、畑の準備と同時に苗作りも始めていました。もともと、ホームセンターではあまり扱われていない、少し珍しい品種を育てるのが好きでした。


苗を求められた理由

同じナスでも、イタリアの品種は色や形が日本のものと違い、育ててみると個体差もはっきりしています。スーパーで見かけることは少なく、あったとしても割高です。苗としても野菜としても手に入りにくいのなら、自分で作ってしまおう。そんな思いから、少しずつ種を集めて育てていました。
そうした苗に興味を持った近所の方や知人から、「それなら少し分けてほしい」と声をかけられるようになりました。余っている苗を渡すだけのやりとりでしたが、去年あたりから、苗を渡すと代金を置いていく人が増えてきました。こちらから求めたことはありませんが、苗を介した関係性が、少しずつ変わっていることを感じていました。


口に出せなかった思いと一言

苗を育てるのが好きで、人に渡し、対価も自然に発生している。それでも「苗屋さんをしたい」と口に出すことには抵抗がありました。素人の私が、そのことを商いのように考えるのは気が引ける。名乗るほどのものではない。そんな思い込みが、言葉を止めていました。
冬のある日、仕事先での何気ない会話の中で苗の話になり、「苗を育てている時間が一番好きなんです」と話しました。その流れで、「苗屋さんになれたらいいなぁと考えたりもしていて」と、つい言葉が続きました。大きな決意でも、具体的な計画でもありませんでした。


言葉のあとに起きたこと

その後、現役の苗屋さんを紹介してもらい、苗作りの現実的な話を聞く機会がありました。使っていないビニールハウスを無償で譲ってもらえるという話も出てきました。さらに、試しに苗を購入したいと言ってくれる人たちとのご縁も生まれました。
どれも、こちらから強く求めたものではありません。ただ一言、今考えていることを伝えただけで、いくつもの話が同時に動き出しました。


小さな言葉の持つ役割

こうした出来事を振り返ると、言霊という言葉を使いたくなる気持ちもあります。ただ、実際に起きていたのは、言葉によって自分の関心や立ち位置が周囲に共有されただけだったように思います。黙っていれば伝わらなかったことが、言葉になることで初めて外に出た。その結果、誰かが判断し、動き、関係が少し先へ進んだ。それだけのことかもしれません。
大きな目標を掲げる必要はありません。立派な計画を語る必要もありません。まだ途中で、形になっていなくても、「こういうことが好き」「こんなふうにできたらいい」と小さく言葉にする。それだけで、関係の中に余白が生まれます。その言葉が必ず届くとは限りませんが、届く可能性だけは残ります。まずはそれで十分です。時間差で思わぬご縁に繋がることもあるかもしれません。
今回は出来すぎの感もありますが、思ってもない展開に、やはり人とのご縁っておもしろいなぁ、と感じます。これからも無理のない大きさで、少しずつ言葉にしていこうと思います。

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