教わる側の学ぶ姿勢とは?
数年前まで、会社勤めに頼らずとも、
自分で稼ぐ力がほしくて、いろんなものに手を出した。
情報商材、高額塾、オンライン講座。
気づけば、何十万というお金が出ていった。
結果だけ見ると、うまくいかなかった側になる。
そんな状態でも、あの時期に残ったものがある。
内容ではなく、
「教わるときの姿勢」みたいなものだった。
最初は、とにかく疑っていた。
本当にこれで稼げるのか。
なぜこれをやる必要があるのか。
もっと効率のいいやり方があるんじゃないか。
頭の中でずっとブレーキをかけながら、
一歩も踏み出さないまま時間だけが過ぎていく。
ある時、言われたことがある。
「まずは、そのままやってみてください」
考えるのはそれからでいいということだ。
もうひとつ、よく言われたのが、
同時にいろんな人のやり方を混ぜないこと。
Aのやり方を聞いて、途中でBのやり方を見て、さらにCの情報も気になる。
気づけば、どれも中途半端になっていた。
それぞれ正しそうに見えるから、余計に迷う。
結局、何も積み上がらないまま、また次を探しにいく。
ひとつ決めて、ある程度やり切る。
それだけのことが、なかなかできなかった。
今振り返ると、教わる内容よりも、
受け取る側の状態のほうが大きかった気がする。
疑いながら聞くのか。
とりあえず動いてみるのか。
あれもこれもと手を出すのか。
同じ話を聞いても、そこで分かれる。
その頃は、「何を学べばいいか」ばかり探していた。
でも実際は、「どう学ぶか」のほうでつまずいていたと思う。
全部を納得してから動くのか、
少し引っかかりを残したまま動くのか。
これだけでも進み方が変わる。
静かな差だけど、あとで大きく開いていく。
