いつかの君へ届く手紙
春になると、決まってその郵便受けを開けたくなる。
理由は分からない。
ただ、毎年同じ日になると胸が少しだけ落ち着かなくなる。
そして二十五歳になった春。
僕は一通の手紙を見つけた。
差出人は――自分だった。
「何これ……」
封筒は少し色褪せていた。
宛名には確かに僕の名前。
差出人の欄にも僕の名前。
意味が分からなかった。
いたずらだろうか。
そう思いながら封を開ける。
中には一枚の便箋が入っていた。
『25歳の僕へ』
その文字を見た瞬間、息が止まった。
見覚えのある字だった。
僕自身の字。
間違いない。
『こんにちは。
君がこれを読んでいるなら、僕の作戦は成功したみたいだ。
たぶん君は覚えていないと思う。』
意味が分からない。
作戦?
覚えていない?
僕は続きを読んだ。
『小学5年生の時、学校でタイムカプセルを埋めただろう?
みんなは未来への手紙を書いた。
でも僕だけ違った。
未来の自分にどうしても伝えたいことがあった。』
そこでようやく思い出した。
確かにタイムカプセルを埋めた。
卒業式の日。
校庭の桜の下だった。
でも手紙の内容なんて覚えていない。
続きを読む。
『今の君は幸せですか?』
不意に胸が苦しくなった。
幸せか。
そう聞かれると答えに困る。
仕事は普通。
友達もいる。
生活もできている。
でも、幸せかと言われると違う気がした。
『もし今の君が毎日を我慢して生きているなら、この先を読んでほしい。』
僕は無意識に姿勢を正した。
『君には絵を描く夢があった。』
その瞬間、記憶が蘇った。
小さい頃の夢。
漫画家。
イラストレーター。
絵を描くことが好きだった。
毎日ノートに落書きをしていた。
でもいつの間にか辞めてしまった。
『大人になると現実を考える。
安定。
お金。
将来。
それは悪いことじゃない。
でも忘れないでほしい。
君は絵を描いている時だけ、本当に楽しそうだった。』
読みながら笑ってしまった。
小学生の自分に説教されているみたいだった。
『もし今も描いているなら安心して手紙を閉じてください。
でも描いていないなら、一枚だけ描いてください。』
そこまで読んで手が止まった。
最後に絵を描いたのはいつだろう。
思い出せなかった。
翌日。
仕事から帰宅した僕は文房具店に寄った。
スケッチブックを買った。
理由は分からない。
ただ、あの手紙が頭から離れなかった。
家に帰り、久しぶりにペンを握る。
線が震える。
下手だった。
笑ってしまうほど下手だった。
でも不思議だった。
楽しかった。
気付けば3時間経っていた。
子供の頃と同じだった。
時間を忘れていた。
それから毎日少しずつ描いた。
1枚。
また1枚。
SNSにも投稿してみた。
誰も見ていなかった。
それでも続けた。
半年後。
1件のメッセージが届いた。
「あなたの絵に救われました。」
短い言葉だった。
でも涙が出そうになった。
その夜。
もう一度あの手紙を読んだ。
最後のページをめくる。
そこには今まで気付かなかった一文があった。
『追伸
たぶん君は、この手紙を書いた僕が誰なのか勘違いしている。』
僕は首を傾げた。
『この手紙を書いたのは小学5年生の君じゃない。
30歳の君だ。』
頭が真っ白になった。
『今の君がこの手紙を読まなければ、夢を諦めたまま生きる未来になる。
だから僕は過去に手紙を送った。』
そこで文章は終わっていた。
もちろん、そんなことはあり得ない。
未来から手紙が届くわけがない。
理屈ではそう思う。
でも一つだけ事実がある。
もしあの日、あの手紙を読まなければ。
僕は今も何も変わらない毎日を生きていた。
机の上には新しいスケッチブックが置いてある。
そしてその横には、一通の封筒。
宛名にはこう書かれていた。
『35歳の僕へ』
今度は僕が未来へ送る番だった。
もし10年前の自分に手紙を送れるなら、あなたは何を書きますか?
