未来が見える少年
小学五年生の春。
その日から、悠真には少し先の未来が見えるようになった。
最初は気のせいだと思った。
授業中、隣の席の男子がシャーペンを落とす映像が頭に浮かび、その数秒後、本当に落とした。
給食の時間には、牛乳をこぼす女子の姿が見えた。
そして数分後、その通りになった。
偶然だと思いたかった。
だが偶然は何度も続いた。
「また見えた……」
未来は映像だった。
テレビを早送りしたような短い映像。
数秒後。
数分後。
長くても一日先。
それ以上先は見えない。
最初のうちは便利だった。
テストの問題が見えるわけではない。
宝くじの番号も分からない。
だが日常の小さな未来は見えた。
転びそうな友達。
先生に当てられる瞬間。
忘れ物をする未来。
おかげで失敗は減った。
けれど。
悠真は次第に気づいてしまう。
未来は変えられないことに。
ある日。
下校中に突然映像が流れた。
クラスメイトの美咲が横断歩道で転ぶ。
走ってきた自転車。
悲鳴。
血。
悠真は青ざめた。
翌日。
未来で見た場所へ向かった。
美咲を見つける。
「止まって!」
突然叫んだ。
美咲は驚いて立ち止まる。
その瞬間。
猛スピードの自転車が横を通り過ぎた。
事故は起きなかった。
悠真は胸をなで下ろした。
未来は変えられる。
そう思った。
しかしその夜。
再び映像が流れた。
今度は別の場所。
別の日。
美咲が階段から落ちていた。
結局、美咲は一週間後に骨折した。
事故の形が変わっただけだった。
運命は別の方法で帳尻を合わせる。
そんな気がした。
未来を見る力は次第に恐怖へ変わっていった。
中学二年生の夏。
悠真はある少女と出会う。
転校生の紗季。
明るくて優しい。
自然と仲良くなった。
いつしか恋をしていた。
だが。
ある日の帰り道。
悠真は見てしまう。
病院のベッド。
泣いている家族。
心電図の音。
そして。
眠るような紗季の姿。
「嘘だろ……」
未来は半年後だった。
初めて見る長い未来。
その日から悠真は必死になった。
紗季を守ろうとした。
危険な場所へ行かせない。
体調を気遣う。
夜遅くまで連絡を取る。
だが何も起きない。
半年が過ぎた。
未来の日付も過ぎた。
悠真は安心した。
運命を変えたのだと。
そう思った。
しかし翌週。
紗季が学校を休んだ。
風邪だと聞いた。
次の日も。
その次の日も。
やがて知らされた。
白血病。
病院へ向かう途中。
悠真は理解した。
未来は事故ではなかった。
病気だったのだ。
それから一年。
紗季は闘病を続けた。
悠真は何度も見舞いに行った。
笑顔を作った。
励ました。
でも未来は変わらなかった。
高校一年生の冬。
紗季は亡くなった。
病室で最後に言われた言葉を今でも覚えている。
「未来が見えるんでしょ?」
悠真は息を飲んだ。
誰にも話していない秘密だった。
「なんで……」
紗季は弱々しく笑った。
「だって、ずっと怖そうな顔してたから」
窓の外では雪が降っていた。
「未来なんて見えなくても、人は怖いよ」
紗季はそう言った。
「だからね」
小さな手が悠真の手を握る。
「見えるなら、失う未来じゃなくて、一緒にいた時間を見て」
それが最後だった。
それから十年。
悠真は未来を見る力を失っていた。
ある日。
仕事帰りの電車で居眠りをする。
久しぶりだった。
映像が流れたのは。
公園。
桜。
ベンチ。
知らない女性。
そして。
その隣で笑う自分。
未来は一年後だった。
悠真は思わず笑った。
昔なら必死に確かめただろう。
運命を変えようとしただろう。
でも今は違う。
未来を知ることより。
今日を生きることの方が大切だと知っている。
電車の窓に映る夜景を見ながら、ふと紗季を思い出した。
未来を見る力は消えた。
だけど。
あの日の言葉だけは、今も胸の中で生き続けている。
――失う未来じゃなくて、一緒にいた時間を見て。
窓の外には無数の光が流れていた。
そのどれもが、まだ知らない未来へ続いているように見えた。
