宵の明星

今日もいつものように、二階のリビングで書いている。

土曜の午後。

からっとした五月晴れで、外を歩くと少し汗ばむ。

クルバンバイラムの長期休みで、さっき奥さんのお使いで接着剤を買いに出たけれど、町の中心街は思いのほか静かだった。帰省している人が多いのだろう。

後ろの部屋では、息子くんがオンラインゲームをしながら大きな声で仲間と話している。

洗面所では、お義母さんが入れた洗濯物が回っている。

昨日の夕方も天気がよく、しばらくベランダに座っていた。

下の階からはテレビの音が聞こえ、家の中からは誰かの話し声が聞こえてくる。

そんな音を聞きながら空を眺めていた。

日が落ちていく空の中で、一番星が光り始めた。

写真を撮ってみたけれど、なかなかうまく写らない。

何枚もシャッターを切って、後で調べてみたら、宵の明星だった。

ただ星を見ていただけなのに、なぜか少し気になっていた。

宵の明星

今朝は二階のベランダで朝食をとった。

下のキッチンから、トマトやキュウリ、ピーマン、チーズやパン、お茶が次々に運ばれてくる。

五人で囲んだ食卓。

風が少し冷たく、お義父さんは食事を済ませると、

「寒い。」

と言いながら下のサロンへさっさとテレビを見に行った。

残った私たちは、お茶を飲みながら話を続けた。

話し合いというよりは、少し言い争いだったかもしれない。

息子くんが仕事の話をしながら、

「みんな詐欺師だ。ドロボーだ。国も、上司も、社長も。」

と言った。

働くようになると、いろんなものが見えてくるのだろう。

お義母さんは、その言葉にすぐ反応した。

「汚い言葉を使っちゃいけません。正直者でいなさい。」

昔、先生を目指していたこともあってか、いつもまっすぐなことを言う。

奥さんは、

「そういう人たちは、だんだんいなくなる。」

と言った。

人のことも、社会のことも、どこか信じているところがある。

息子くんは納得しない。

「そんなわけない。正直者が馬鹿を見る世界は、国やシステムが変わらない限り無理だ。」

と言う。

そして、

「自分も、だます側にならないと。」

と続けた。

奥さんは、

「今まではそうだったかもしれないけど、変わってきてる。」

と言った。

お義母さんは、

「あなたは正直者でいなさい。いつか、いいことがあるから。」

と言った。

すると息子くんは、

「いやぁ、あなたたち働いてないから、そんなこと言えるんだ。」

と少し語気を強めた。

ベランダの空気も、少し熱を帯びてきたような気がした。

私は横から、

「試したらいいんじゃない。」

と言ってみた。

「詐欺まがいのことをして、お金を稼いでみたらいいよ。あなたなら案外できるかもしれない。」

そんなことを言った。

実は私自身も、昔、お金を稼ごうとして、グレーゾーンのようなことに手を出したことがある。

結局うまくいかなかったけれど、あの時見えたものもあった。

それから、小さい頃に万引きをしたことがある話もした。

別に説教したかったわけではない。

ただ、お金を手に入れることと、幸せに生きることは、少し違うような気がしただけだった。

息子くんは少し黙った。

言葉に詰まったのか、考えていたのかはわからない。

ベランダを風が通り抜け、お茶の湯気が少し揺れた。

しばらくしてから、

「じゃあ、どんな社会ならいいと思う?」

と聞いてみた。

すると息子くんは、最低賃金や社会の仕組みについて、自分なりの考えを話し始めた。

文句を言っているだけかと思っていたけれど、いろいろ考えているのだなぁと、少し感心した。

昨日見た宵の明星を思い出す。

宵の明星を見ていたら、なぜか聖書のエデンの園の話を思い出した。

人をだましたのか。

だますつもりはなかったのか。

外から見ているだけでは、案外わからないことも多い。

ふと思う。

エデンの園の話でも、蛇はエバに言葉をかける。

それを聞いて実を食べることを選んだのはエバだった。

だから蛇が悪いのか。

だからエバが悪いのか。

そんなことを考えているうちに、善悪そのものよりも、別のことが気になってきた。

誰が選んだのだろう。

そして、その結果を引き受けるのは誰なのだろう。

宗教法人で働いていた頃は、サタンという言葉に強い悪のイメージを持っていた。

でも今は少し違って見える。

悪魔が耳元でささやく。

そんな表現を聞くたびに、人は自分の選択や失敗を、誰かのせいにしたくなることがあるのかもしれないと思う。

それでも、実際に選ぶのは自分だ。

そして、その結果と向き合うのも。

朝の食卓で交わされた言葉も、働く現場で起きていることも、遠い昔の物語も、みんな人と人との関係の中で起きている。

自分で選び、その結果を引き受ける。

そんなことの積み重ねの中で、人との関係も、自分という存在も育っていくのかもしれない。

人生を自分でつくる喜びを見つめながら。

昨日見た宵の明星は、ただ静かに光っていただけだったけれど。

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