宵の明星
今日もいつものように、二階のリビングで書いている。
土曜の午後。
からっとした五月晴れで、外を歩くと少し汗ばむ。
クルバンバイラムの長期休みで、さっき奥さんのお使いで接着剤を買いに出たけれど、町の中心街は思いのほか静かだった。帰省している人が多いのだろう。
後ろの部屋では、息子くんがオンラインゲームをしながら大きな声で仲間と話している。
洗面所では、お義母さんが入れた洗濯物が回っている。
*
昨日の夕方も天気がよく、しばらくベランダに座っていた。
下の階からはテレビの音が聞こえ、家の中からは誰かの話し声が聞こえてくる。
そんな音を聞きながら空を眺めていた。
日が落ちていく空の中で、一番星が光り始めた。
写真を撮ってみたけれど、なかなかうまく写らない。
何枚もシャッターを切って、後で調べてみたら、宵の明星だった。
ただ星を見ていただけなのに、なぜか少し気になっていた。

今朝は二階のベランダで朝食をとった。
下のキッチンから、トマトやキュウリ、ピーマン、チーズやパン、お茶が次々に運ばれてくる。
五人で囲んだ食卓。
風が少し冷たく、お義父さんは食事を済ませると、
「寒い。」
と言いながら下のサロンへさっさとテレビを見に行った。
残った私たちは、お茶を飲みながら話を続けた。
話し合いというよりは、少し言い争いだったかもしれない。
息子くんが仕事の話をしながら、
「みんな詐欺師だ。ドロボーだ。国も、上司も、社長も。」
と言った。
働くようになると、いろんなものが見えてくるのだろう。
お義母さんは、その言葉にすぐ反応した。
「汚い言葉を使っちゃいけません。正直者でいなさい。」
昔、先生を目指していたこともあってか、いつもまっすぐなことを言う。
奥さんは、
「そういう人たちは、だんだんいなくなる。」
と言った。
人のことも、社会のことも、どこか信じているところがある。
息子くんは納得しない。
「そんなわけない。正直者が馬鹿を見る世界は、国やシステムが変わらない限り無理だ。」
と言う。
そして、
「自分も、だます側にならないと。」
と続けた。
奥さんは、
「今まではそうだったかもしれないけど、変わってきてる。」
と言った。
お義母さんは、
「あなたは正直者でいなさい。いつか、いいことがあるから。」
と言った。
すると息子くんは、
「いやぁ、あなたたち働いてないから、そんなこと言えるんだ。」
と少し語気を強めた。
ベランダの空気も、少し熱を帯びてきたような気がした。
私は横から、
「試したらいいんじゃない。」
と言ってみた。
「詐欺まがいのことをして、お金を稼いでみたらいいよ。あなたなら案外できるかもしれない。」
そんなことを言った。
実は私自身も、昔、お金を稼ごうとして、グレーゾーンのようなことに手を出したことがある。
結局うまくいかなかったけれど、あの時見えたものもあった。
それから、小さい頃に万引きをしたことがある話もした。
別に説教したかったわけではない。
ただ、お金を手に入れることと、幸せに生きることは、少し違うような気がしただけだった。
息子くんは少し黙った。
言葉に詰まったのか、考えていたのかはわからない。
ベランダを風が通り抜け、お茶の湯気が少し揺れた。
しばらくしてから、
「じゃあ、どんな社会ならいいと思う?」
と聞いてみた。
すると息子くんは、最低賃金や社会の仕組みについて、自分なりの考えを話し始めた。
文句を言っているだけかと思っていたけれど、いろいろ考えているのだなぁと、少し感心した。
*
昨日見た宵の明星を思い出す。
宵の明星を見ていたら、なぜか聖書のエデンの園の話を思い出した。
人をだましたのか。
だますつもりはなかったのか。
外から見ているだけでは、案外わからないことも多い。
ふと思う。
エデンの園の話でも、蛇はエバに言葉をかける。
それを聞いて実を食べることを選んだのはエバだった。
だから蛇が悪いのか。
だからエバが悪いのか。
そんなことを考えているうちに、善悪そのものよりも、別のことが気になってきた。
誰が選んだのだろう。
そして、その結果を引き受けるのは誰なのだろう。
宗教法人で働いていた頃は、サタンという言葉に強い悪のイメージを持っていた。
でも今は少し違って見える。
悪魔が耳元でささやく。
そんな表現を聞くたびに、人は自分の選択や失敗を、誰かのせいにしたくなることがあるのかもしれないと思う。
それでも、実際に選ぶのは自分だ。
そして、その結果と向き合うのも。
朝の食卓で交わされた言葉も、働く現場で起きていることも、遠い昔の物語も、みんな人と人との関係の中で起きている。
自分で選び、その結果を引き受ける。
そんなことの積み重ねの中で、人との関係も、自分という存在も育っていくのかもしれない。
人生を自分でつくる喜びを見つめながら。
昨日見た宵の明星は、ただ静かに光っていただけだったけれど。
