食卓の宗教戦争

快晴で気分がいいので、外に買い物に出た。
仕事に使う部品を買いに来て、店内をぶらぶらする。

スイッチ、センサー、ターミナル。
そんな部品の中に身を置いていると、刺激を受けて、いろいろな発想がわいてくる。
「今度この部品試してみよう」「あそこにこれを使ってみよう」
そんなことを考えている時間は、結構楽しい。

買い物のあと、近くのスタバに入る。
カフェラテは185TL。日本円で850円近く。
ここ数年で、ずいぶん高くなった。
数年前は数十リラだった気がするけど、もうあまり覚えていない。

850円と聞くと、日本の感覚でも少し高めだ。
ちょっとした贅沢。
この数年のインフレの生活が、こんなところにも表れている。

そのカフェラテを飲みながら、今日は何を書こうかな。

今朝のことを思い出す。
週末、家族5人の朝食。
夜勤明けだけど、息子も参加した。
息子がいると、お義父さんとお義母さんの口が軽くなる。

最近の話題は、息子の仕事のこと。
ハードに働いているから、つい小言が出る。

「あなたの働き方は、間違えだ。」
いつものお義母さん節。

この一言を皮切りに、宗教戦争勃発だ。

イスラム教をバックグラウンドに、
いい・悪いがきっちり分かれた考えの、お義母さん教。
「そんな不規則な生活、いつか体調を崩す、間違えだ。」
「すぐ違う仕事に代わることは、間違えだ。」
「夜寝ないのは、間違えだ。」
などなど。

方や、日本神道もどこか混ざったような理論的考え、息子教。
「誰がそんなこと言ってるの、神様?それとも、ばあちゃん。」
「あなた働いたことないのに、何が分かるの。」

その横で、お義父さんが息子教を支援。
「こんないい人間はいない。働き者だ。」
「あなた、何言ってんだ……」

などなど、テンションが上がる中。

火の粉が飛ばないよう、そっと見守る私教。
「今日、天気いいね。」
「あぁ、テレビで富士山に似た山が映ってた。きれいだね。」
と、話そらせ作戦敢行。

無反応……撃沈。

最近悟りを開いた、妻教。
黙って、黙々と、お茶を出したり、食事を出したりしている。

それぞれの「教」がぶつかる。
小さな宗教戦争のようだ。

食事の終わるころには、自然と終戦に向かう。
何かが解決したわけではないけれど、少しずつ引いていく。

お義母さん教は、心配と愚痴を少しこぼして、引く。
息子教も、疲れと不満を少し出して、引く。
お義父さん教も、それに合わせて引く。

ここに住み始めて2年。
お互いに経験を積んだのか、撤退が早くなった。
傷が広がることも、少なくなってきた。

以前は、妻も、私も加わり、収拾のつかないこともあった。
まだまだ、傷つく言葉も多く並ぶ。
それでも少しずつ、お互いの存在を、あるがままに受け入れ始めている気がする。

あれだけ言い合っても、
また明日の食卓には、みんなが揃う。
誰も逃げようとはしない。

この食卓が、何年後かには、いい思い出になるのだろう。

この食卓で繰り広げられる、ちょっとした言い争い。
中東で繰り広げられている戦争と、
どこか同じなのではないか。

人の命のやり取りはないが、
心の動きは、同じようである気がする。

この食卓で、少しずつ解かれていく心。
そして、少しずつ解決されていく宗教戦争。

日常で繰り広げられている人間関係。
世界とはまったく関係ないようでいて、
実は、大きくつながっているのではないか。

ふと、食卓で、そう思った。

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