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風土学 ─ “らしさ”は、どこから生まれるのだろう。|Earth Folklore Lens #001

学問は世界を見るためのレンズである。

Earth Folklore OSの学問のレンズシリーズ
このシリーズは、知識の答えを知る場所ではありません。
一つの学問というレンズを通して
あなたと一緒に「問い」を育てる「思考のフィールドワーク」です。

“らしさ”は、どこから生まれるのだろう。

京都を歩いていると、不思議な感覚があります。

京都の「空気」が好きです。

もう何度訪れたか分かりません。

私にとっては、第二の故郷のような場所です。

鴨川を横目に眺めながら、碁盤の目になった道を、目的もなく歩く。
タクシーで「上ル」「下ル」「東入ル」「西入ル」という言葉を聞くだけで、「ああ、京都に来たな」と感じます。

龍安寺の石庭で立ち止まり、重森三玲庭園美術館を訪れ、西芳寺で苔庭を眺める。

ケーブルカーに乗り、天台宗の総本山・比叡山延暦寺を歩く。
そして最後は、いつものように恵文社 一乗寺店へ立ち寄る。

京都では、不思議なことが起こります。

身体は京都を歩いているのに、思考は何百年もの時間を旅している。

私は、この感覚が好きでした。
でも、ある日ふと思ったのです。

私は、いったい何を「京都らしい」と感じているのだろう。

神社でしょうか。
山でしょうか。
鴨川でしょうか。
町家でしょうか。

どれも違う気がします。

京都へ来るたびに感じる「あの空気」。
その正体を知りたくなりました。


本を読み始めました。

建築学は建物を教えてくれました。
歴史学は出来事を教えてくれました。
宗教学は信仰を教えてくれました。
民俗学は暮らしを教えてくれました。

でも、

京都は、まだ京都になりません。
そんなとき、一冊の本が目に留まります。

『風土』
著者は和辻哲郎。

『風土』という題名だから、風土について書かれた本だと思っていました。
ところが、本を開いて最初に驚きます。

副題は、
『人間学的考察』

風土ではなく、人間。
ここで、私の問いが少し変わりました。


和辻もまた、一つの違和感から歩き始めていました。

当時の西洋哲学は、人間を普遍的な存在として考えようとしていました。
しかし、和辻はヨーロッパでの経験を通して問い直します。

「人間とは何か。」

ベルリンで暮らす人。
京都で暮らす人。
砂漠で暮らす人。

本当に同じ「人間」として語れるのだろうか。
人間だけを見ても、人間は見えてこない。

人は、いつも土地や気候、暮らしとの関係の中で生きている。
だから和辻は、
「人間と風土との関係」
というレンズを手にしました。

風土を説明するためではありません。
人間を見つめ直すためです。


和辻の本を閉じ、もう一度京都を歩いてみます。

すると、景色が少し変わって見えました。

山は、ただの山ではありません。
人々の暮らしを育んできた山です。

鴨川は、ただ流れている川ではありません。
街の時間を形づくってきた川です。

神社は、建物ではありません。
人と場所との長い関係が積み重なった存在です。

世界は「物」ではなく、「関係」として見え始めました。
でも、また新しい違和感が生まれます。

その関係は、いつ「京都らしさ」になるのだろう。

そんなことを考えながら文献を辿っていると、一人のフランス人研究者の名前が何度も現れます。

人文地理学者・哲学者のオギュスタン・ベルク。
ベルクもまた、一つの違和感から歩き始めていました。

北海道で稲作の風景を見たときです。
寒冷地に、人が田んぼをつくっている。

環境が文化を決めたのでしょうか。
文化が自然を支配したのでしょうか。

どちらでも説明できません。

人が土地を変え、
変わった土地がまた人を変えている。

その光景を前にして、ベルクは問い直します。

「人と世界は、なぜ切り離して考えられているのか。」

人間は世界の外側で生きているのではない。
世界に住み、その世界との関係の中で世界を経験している。

だからベルクは、
「人間と世界との関係」
というレンズを手にしました。

世界を説明するためではありません。
人間が世界に「住まう」という営みを見つめ直すためです。


ここまで歩いてきて、私はまた最初の問いへ戻ります。

私は、「京都らしさ」を探して歩き始めました。

和辻は、
「人間とは何か。」
という違和感から歩き始めました。

ベルクは、
「人と世界は、なぜ切り離して考えられているのか。」
という違和感から歩き始めました。

歩き始めた場所は違います。

でも、三人とも答えからではなく、違和感から歩き始めています。

だから、学問は面白いのだと思います。
学問は、答えを教えてくれるものではありません。
問いを、一段深くしてくれるものです。


今回、一緒に歩いた人たち

和辻哲郎

違和感
「人間とは何か。」

レンズ
「人間と風土との関係」


オギュスタン・ベルク

違和感
「人と世界は、なぜ切り離して考えられているのか。」

レンズ
「人間と世界との関係」


どうやら、この問いは風土学だけでは歩ききれないようです。

和辻と歩き、
ベルクと歩き、
世界は少し違って見えるようになりました。

でも、答えにはたどり着いていません。
むしろ、問いは前よりも深くなりました。

「“らしさ”は、どこから生まれるのだろう。」

まだ分かりません。

だから私は、
もう少し歩いてみようと思います。

身体で世界を歩きながら。
思考で学問を歩きながら。

次は、どんな学問のレンズを掛けようか。


Earth Folklore OS
地球とサピエンスのあいだから生まれる物語を探究するプロジェクト


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