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なぜ、サピエンスは「物語」を生成するのか | Earth Folklore OSという新しい知覚のフレームワーク【定義書】

なぜ、サピエンスは「物語」を生成するのだろう。
その問いは、旅を重ねるほど、大きくなっていった。

東京を歩き。
台湾を歩き。
ロンドンを歩き。
シカゴを歩き。
そして諏訪を歩く。

土地を歩くたびに、私は人々の営みに一つの違和感を抱いていた。

なぜ、この場所では、このような信仰が生まれたのか。
なぜ、人は山へ祈るのだろう。
なぜ、人は一本の木へ祈るのだろう。
なぜ、人は石を祀り、祭りを続け、土地に「物語」を刻み続けるのだろう。

私が知りたかったのは、神話でも歴史でもない。
「物語」が立ち上がる、その瞬間だった。

観光は、「何を見るか」を教えてくれる。
歴史は、「何が起きたか」を教えてくれる。
民俗学は、「どんな信仰があったか」を教えてくれる。
地質学は、「なぜその地形になったか」を教えてくれる。
そのどれもが重要であり、そのどれもが必要である。

しかし、そのどれもが
「なぜ、その土地から、その物語が立ち上がったのか」
という問いには答えてくれなかった。その瞬間を知りたかったのである。

そこで一つの仮説に辿り着いた。

世界には、地質学、水文学、生態学、民俗学、人類学、神話学、建築学、歴史学など、優れた知のレンズが数多く存在している。
そのどれもが間違っているのではない。
むしろ、どれも正しい。
ただ、それぞれが世界の一部分を照らしている。

地球を読むには、一つの学問だけでは足りない。

古代の人々は、何を見ていたのか。何を恐れたのか。何を信じていたのか。

なぜ、その場所に立ち止まったのか。
その違和感を手がかりにしながら、既存の知を横断していく。

そのために、自分自身の中で組み上がっていった知覚のフレームワーク。
それが Earth Folklore OS だった。

では、そのOSとは何なのか。
私が考えていることを、一枚の図にするとこうなる。

この図が示しているのは、新しい学問ではなく、「問い」と既存の学問との関係である。

Earth Folklore OSは、新しい学問を作ろうとしているわけではない。
民俗学を置き換えるものでもない。
地質学を否定するものでもない。
歴史学とも違う。
既存の学問とは役割が異なる。

既存の学問を横断し、
「なぜ、その土地から、その物語が立ち上がったのか。」
という問いを探究するためのOSなのである。

学問は、世界を見るためのレンズ。
Earth Folklore OSは、そのレンズ同士を接続し、
一つの知覚へ統合するためのOSなのだ。

では、そのOSは、世界をどのように読むのか。

私は、旅に出て、ひとつの土地へ立つ。
まず違和感を感じる。

そこから地質を見る。
水を見る。
生態系を見る。

やがて、その土地には「あわい」が生まれ、人はそこへ「物語」を与える。

その物語は制度となり、身体へ刻まれ、認知世界へと積み重なっていく。
私は、この流れを七つのレイヤーとして整理した。


L1 地質
L2 水
L3 生態系
▲ LIMINAL
L4 物語層
L5 制度・インフラ
L6 身体性
L7 認知世界

これは単なる分類ではない。

地球とサピエンスのあいだから、「物語」が立ち上がっていくプロセスそのものなのである。

だから、Earth Folklore OSは、神話を読むためのOSではない。
「物語」が立ち上がる瞬間を読むためのOSである。

私は、このOSを持って、
世界中の土地を歩いていく。

歩くたびに、このOSもまた書き換わっていく。
完成することは、おそらくない。
それでも私は問い続けたい。

なぜ、この土地では、この物語が立ち上がったのだろう。

その問いを持って、私は次の土地へ向かう。

Earth Folklore OS
地球とサピエンスのあいだから生まれる物語を探究するプロジェクト


Earth Folklore OSは、土地を歩き、地質・水・生態・物語・制度・身体・認知という複数のレイヤーを読み解きながら、「世界を物語として知覚する旅」を実践するためのフレームワークです。

Earth Folklore Log
各地を歩き、土地から生まれる物語を記録するフィールドノート。

Earth Folklore Lab
Earth Folklore OSを実践・検証し、新たな物語の生成を試みる実験プロジェクト。世界を物語として知覚する旅へ

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