愛犬を偲ぶ短歌
今は亡き先代犬を偲んで過去につくった短歌です。
20206/01/08追記あり
逝きてなお
拾う抜け毛の愛おしく慕わしきかな
嗚呼老犬や
捨てがたき首輪をそっと嗅いでみる
確かにここに在りし命よ
この頃は 写真を見ては涙し 短歌をひねっては涙していましたっけ。
地元新聞の歌壇コーナーへ投稿したりしていたのですが(上記2句と下の2句掲載していただきました)
他の方のでも
いつもの光景でいつもの小屋にきみだけがいない
という情景をうたった歌とかお見かけし
ほんとうに身につまされました。

かっこかわいかったな〜

小さい方はオーブン粘土で作って
中にお骨のかけらと犬歯が入っています
そして約2年がたち
現在4歳半の 当時生後4カ月の赤柴さんと出会うことに。
犬看取り自問自答の二十月
覚悟決まりて仔犬迎へぬ
腹見せて眠る犬いる幸せよ
抜き足差し足静かなる午後

赤柴さんはペットショップに長くいたせいか
閉じ込められるのが大大大嫌いで
うちに来た当初は一日中 バビューン!!と
ほぼノンストップで家を走り回っていましたっけ。
そして止まったと思ったら その瞬間にその場で用を足す
というわちゃわちゃ加減だったので
上の写真のような状態だったというわけです。
先代犬を見送った記事
そして赤柴さんを迎えた記事は
また改めてと思っています。
書き始めたら長くなる予感しかないので。
愛犬を看取った後
死ってなんだろう…とぐるぐる考えていた時期がありました。
もちろん肉体的な死については分かる。
体の機能が止まってしまったら終わりだということは。
だけど記憶の中の愛犬が消えてなくなるわけではないし
死について考えていた というよりは
身近な愛しいものを亡くすということについて考えていたんだと思います。
そんな時に
一番 気持ちを言い表してくれていると思ったのがこちらの本でした。
うちの先代犬は長患いだったので
ある程度お別れの覚悟があった自分でさえ
あれだけつらかったのだから
突然の別れとなってしまった方のつらさは
ほんとうに言い表せないくらいだと思います。
そして、犬を亡くした話ではないけれど
大事な誰かを亡くすということについて
しっくりくるなと思ったのが こうの史代さんの
「この世界の片隅に」下巻にあった一節でした。
ーーー生きとろうが死んどろうが
もう会えん人が居って ものがあって
うちしか持っとらん それの記憶がある
うちはその記憶の器として
この世界に在り続けるしかないんですよねーーー
皆さんの愛犬が今日も穏やかに過ごせますように。
愛犬を見送った皆さんがその子に夢で会えますように。
※紹介させていただいた本はAmazonアソシエイトプログラムによるリンクです

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