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サティの三つの光景─フィリップ・アントルモンのピアノで

「父とギター」の思い出を書いた後、記事にも出てきた「愛蔵盤 ファミリー・コンサート」という10枚組のLPのことをずっと考えていた。

小学生時代に繰り返し聴いた懐かしい曲のあれこれ、そしてピアニストたちの名前を思い出す。

ルドルフ・ゼルキン、アンドレ・ワッツ、フィリップ・アントルモン……。

懐かしくて、なんとなくアントルモンを検索し、これもまたなんとなくサティの曲を聴いたら、とても居心地よくて、ずっと聴いてしまった。

曲から感じた光景を書いていったら、いつのまにか別世界へ行かされた。
サティ・マジックだ。

アントルモンのピアノは、瑞々しい、洗ったばかりの果物みたいな音がするけど、同時に乾いた温かさも感じた。
新鮮さと郷愁が入り混じった音に連れられて、サティの世界へ。

三曲、選びました。



エリック・サティ《ジムノペディ 第1番》
ピアノ:フィリップ・アントルモン

はじめに、音が一つ落ちてきた。

ラムネのビンみたいな碧(みどり)の中に。

少しくすんだ碧の中に。

碧の中には波がある。
碧の影がさして、気だるい波。
そして、ゆらゆらと揺れる波。
水が右に、左に、斜め上に、斜め下に、と一定に揺れる。

あ、今、水あっちに行ったな。
今、こっちに来たな。

水の揺れに合わせて、音を追いかける。

水が物憂げに揺れている。
時計のような、リズムの繰り返しだ。
水は揺れながら、時間を計っている。

ピアノの音は、「かけら」と「フランネル」。
「かけら」の硬質さと「フランネル」の生地みたいな温かさ。

ひんやりした、硬い、乾いた、柔らかい、全部が矛盾なく同居した音。

最初から最後までが、一つの小節みたいに聴こえる。
分割されていない音楽。
大きな大きな一つの小節の曲。


音は水に揺れながら終点をめざす。
碧に染まった音を追いかけていく。



サティ《ジュ・トゥ・ヴー(あなたが欲しい)》
ピアノ:フィリップ・アントルモン

始まりから、ゆったり、とろり。
ピアノの音が紅茶のゼリーをかき混ぜる。
ダージリンの香りがする音。

小さな三角(さんかく)が並んで踊る。
三角は、黒いエナメルの線。
線を伸び縮みさせて。

六角形のパラソルが回る。
アイボリーのパラソルが回る。
右に、クルクル。

六角形のパラソルがスウィング。
アイボリーのパラソルがスウィング。
上に下に。

かき氷みたいな、氷の粒がパラパラ。
氷の粒はガーネット。
赤いガーネットの氷が火花みたいに散る。
お出かけ日和です。

急に小走り。
「Z」線を描いて、音が走る。
ソワソワ 足どりが速くなる。
もうすぐお三時。
早く帰らなくちゃ。

顔はまっすぐ前を向いて。
音がステップを踏む。
手は前と後ろに伸ばして。
軽くジャンプしましょう。

あたりは紅茶色の空気。

それでは、そろそろごきげんよう。
パラソルをクルクル回しながら、
あやつり人形みたいに帰ります。


サティ《グノシェンヌ 第1番》
ピアノ:フィリップ・アントルモン


分厚い、重い緞帳が続いている。
一枚、幕をめくる。
まだまだ、幕の波が続く。

めくっても、めくっても、
空間は現れない。
ずっと、どこまでも幕ばかり。

どんよりと重たい、びろうどの手触り。

深みどりと小豆色の幕。

緞帳の迷路で迷ってしまった。
右も左もわからない。
北も南もわからない。

幕の、毛羽だった匂い。
たくさんの人が、めくりながら通っていった。
それなのに、すぐ近くに人の気配は無い。

たぶん誰とも会えないだろう。


この曲、ドラマか何かで使われていたのを聴いた気がするけれど、それが何なのか、どうしても思い出せなかった。

迷宮入りだ。



サティを聴いているうちに、ラヴェルにたどり着いたのですが……。
次回につづく。


Erik Satie
Gymnopédie No. 1 — Lent et douloureux

Je te veux

Gnossienne No. 1 — Lent

Piano: Philippe Entremont

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