やっぱり1人時間が好き
はじめてのnote
昔から本を読んだり文章を書いたりするのが好きで、読書とジャーナリングは私の日常に欠かせない。
(自分用メモ:この2つが欠かせない理由もあとでnoteに書く)
記録程度にやってはみるけれど、もしももしも見てくれる人がいればなあとか思いつつ
カタカタ書いていきます。
1人時間が好きな理由
私は今年の春から新社会人になりまして、
毎日慣れないことに追われる日々ですが
優しい方々に恵まれて毎日楽しく過ごしています。
そんな中でもやっぱり人に気を遣ったり、空気を読んだり、そういう瞬間が大学生の時よりも増えたとは思っていて、
寝る前に自分の発言や行動を思い出して恥ずかしくなったり、やめとけばよかったかなあとか思って歯を食いしばってしまう時とかもある。
だからこそ、毎週末に必ず確保している1人時間の気楽さといったらそれはもう、、、てくらい、この時間が本当になくてはならないものに
なっている。社会人になってから特に。
自分のしたいように、行きたいように、
何か見たいと思ったら立ち止まって、
やっぱりあのお店見たいと思ったら引き返して、
なんか小腹すいたなと思ったら適当にカフェに入ってそこで時間を忘れて本を読んだり、
何にもない遠回りの道をあえて歩いてみたり、
ふと通りすがった道に咲いているお花が綺麗だったらちょっと嬉しくなってしゃがんでよく見てみたり、
こんなささいなことでこんなにも自分が満たされるんだと気づいて、いかにいつも他人や行き交う情報に頭の大部分を乗っ取られているかが
わかって、ちょっとやるせなくなったりもする。
今週の1人時間
舞台は京都の鈴虫寺
行くまで全然知らなかったのだけれど、
鈴虫寺って1時間に1回くらいのペースで
お坊さん?(坊主ではなかった)による説法みたいなのがあって、私が行ったときにちょうどその説法が始まる時間だったので、せっかくだからと思いお話を聞いてきた。
これはちょっと実際聞いてきてほしいし
あんまり言ったらだめそうだからお話の内容は書かないでおくけど、自分が思っていたこととか
心に留めていることとすごく内容が似ていて
お話し中なんだか泣きそうになってしまった。
和室のにおいと鈴虫の声で
なんだかすごくすごく満たされるあの空間。
自分の心が満たされていく感覚って自分ですごくわかる。
言語化するのが難しいけど、鼻から吸った空気が
心にしみていく感覚。
あー生きてるー幸せーってなる。
これって「心の琴線に触れる」瞬間だと思ってるんだけど、自分の感性の軸に出来事が重なると、
すごくすごく幸せを感じて、
これからなんでもできそうな気にさえなる。
大袈裟かもしれないけど、この感情はあながち過信ではないと思ってて、あまりにも情報過多な社会で、気を遣いながら生きていると、人間が持っている希望とか欲とか自信とかって自分がそれを持っていると分かるまでの過程で少しずつ小さくなって自分まで届かないんだと思う。
だからだから!自分1人だけに向き合う時間、
これからもずっと大切にしていきたいです。
