今年50歳。ジム通いと、淡い恋心。
ちょっと、きしょい話しをします。
私は去年の11月から、パーソナルジムに通っている。
担当のトレーナーは29歳。私とは、ちょうど20歳違う。
ムキムキマッチョで、口角がキュッと上がった爽やかな青年だ。
でも彼のすごさは、筋肉量ではない。
私の体と、ついでに心の調子まで、なぜか全部わかってしまうところだ。
「今日は呼吸が浅いですね」
「今日は無理しないほうがいいですね」
その日の私に必要なストレッチ、呼吸を意識した、ほんの少しの筋トレ。
無理やり追い込むことは、絶対にしない。
大人になってから、私はほとんど運動をしてこなかった。
この歳になり、体は重く、硬くなり、「動く」という行為そのものが、正直かなり億劫になっていた。
気が乗らない日もある。
だるいな、行きたくないな、と思う日もある。
でも不思議なことに、帰るときは必ず笑顔だ。
「来てよかった」と思っている。
ジムというより、半分メンタリストで、半分整体師で、たぶん、ちょっとヒーラーも入っている。
一石何鳥かわからない。
ある日、彼に聞かれた。
「夜、眠れてますか?」
「眠れないんですよ。何回も目が覚めて、トイレに行くんです」
そう答えると、さらっと言った。
「じゃあ今夜、寝る前に岩塩をちょっと舐めてみてください」
半信半疑でやってみたら、まあ驚いた。
一度も目が覚めなかった。
ああ、体って、ちゃんとサインを出してたんだな、と思った。
毎回、ドンピシャな分析とケアをくれる彼に、私は目を見開いて言う。
「目から鱗が、落ちまくってます〜!」
すると、満面の笑みでこう返される。
「今日も鱗、よく落ちてますね〜」
以前、別のトレーナーに当たったことがある。
いつもの人が病欠だっただけだ。
それはもう、絵に描いたようなスパルタだった。
「はい、プッシュアップ!」
「1分休んだら次いきますよ!」
肩が痛いと言っても、手首が痛いと言っても、問答無用。
違うのよ。
この歳の「痛い」は、「ちょっと壊れかけてますよ」という、かなり切実なサインなのだ。
体より先に、心が折れる。
「ああ、やっぱり無理!運動なんてしたくない。」←こうなる。
運動する習慣をつけたいのに、運動が嫌いになったら、本末転倒だ。
だから今のトレーナーしか受けつけない。
甘々でいい。
優しくていい。
続くことの方が、よっぽど大事だ。
ゆっくりストレッチして、「今日は行けそうだな」という日だけ、少し重たいことをする。
決して焦らないし、焦らせない。
肩が痛いと言えば、肩甲骨、胸、腕、手まで、丁寧にほぐしてくれる。うししし。お得感♡
これ、ホストクラブだったら、同じことを望むのに、何十万かかるんだろう。
それが、筋肉ムキムキ爽やか好青年に、数千円でマンツーマンでやってもらえる。
すみません、きしょくて。
でも、考えてみてほしい。
この歳になって、「がんばれ!」って、真正面から応援されることが、どれくらいあるだろう。
彼は言う。
「無理しなくていいですよ」
「今のフォーム、すごくいいです」
「いいですね、その調子」
「はい、あとちょっと!がんばれ!がんばれ!がんばれー!」
……がんばれ、だって。
応援されると、頑張ろうとする素直な体。
気分が上がる。
姿勢が変わる。
口角が下がってないか、鏡でチェック。
そう、ここでようやく気づく。
私、ずっとグレーな世界にいたんだな、と。
子どもたちがいて、幸せなはずなのに、なんとなく毎日がくすんでいて、でも「まあ、こんなもんか」と思って生きていた。
そこに、一輪の花が添えられた。
淡い恋心、と言えば格好がいいかもしれない。
キャピキャピしている。たぶん。
心なしか、肌も調子がいい気がする。
うちの長女は、スノーマンが好きだ。推し活である。
私も、韓ドラも日本の俳優さんたちも大好きだ。
そして、ジムのトレーナーが好きなのである。
リアルで会えて、話せて、触ってもらえて、しかも健康になる。
こんなに最強で、最幸な「推し活」、あるだろうか。
私はこの淡い恋のおかげで、もう一度、自分の体と真剣に向き合っている。
美容も、健康も、「まあいいや」じゃなく、ちゃんと手をかけるようになった。
私はまだ、「乙女」であることを忘れていなかった。
あのジムは、人生の張りを、取り戻させてくれた場所だ。
恋心、バンザイなのだ。
