案内所流 欲多きは罪深き? ~自分らしさとは?(進次編)~
「…自分らしさ、ですか」
進次は決まって、テーブル席。
いつもの真竹を模した湯飲みに、
好みのほうじ茶を運ばれ、
唐突な蒼子の質問には、
少しばかり顎を引き、
瞬きをしたぐらいで、
最近はすっかり様になった、
熟考に磨きをかけているのか、
唸りながら、
「それ。
自分だけを考えても、
答えは出ないと思うんですよ」
「いいわね。
その方向でお願い」
蒼子はお盆を膝の上に、
進次と向かい合わせに座る。
「…やっぱ、テニスですかね」
「無理強いはしないけど」
「いえ、いい年ですし。
蒼子さんが聞いてくれるなら」
「中学一年生で全国大会出場。
二年生で、
前年度のチャンピオンを破る大金星、
そして、次の試合であっさり敗退。
三年生ではそもそも、テニスをやめてる」
「…やっぱ、いい感じはしませんね」と、
笑う進次。
「体力的な問題が取りざたされてたけど、
気分の問題では?」
「ですね。
それだけのためにテニス、
やってましたから」
「クラムジー。
感覚的なプレーに、
成長期の身体が、
アジャストしなかったのよね?」
「俺の中は始終選別してて、
頭と心でもいいけど、
感覚とリアルというか…
そんな感じです」
「選別?」
「意外と冷静っすよ。
これは? もっとこうは?
あれこれ、感覚を試しています」
「…得難い体験ね。
一度は血肉になった感覚に騙される?」
「いや、どうでしょうね。
騙してるのはこっちですよ」
「普通は、違うわよね?」
「ですね。
地道に体に覚えこませて感覚になれば、
終了です」
「終わらなかった?」
「終わらせてくれなかった」
「…感覚とは無意識よね。
感覚は同じでも、結果が違ってきた」
「違和感ある感覚を、
感覚で結果を同じにしてました」
「…乗り物が違うのに、
同じように運転しようとしてみた?」
「近いです」と進次は表情なく、
お茶を一口含む。
「…いつからか、
ただの微調整に明け暮れて。
掴んだと思ったら、すり抜けてて…
すっかり、もとの快感も忘れてて」
進次は気づいて、
湯飲みをテーブルへ戻す。
「今に至ります」
「ずいぶん、端折るのね」と、
どこか楽しそうに、
蒼子が目を大きくする。
「そうでもないですよ。
本気で振り返れているのは、
まさに、今ですから」
「それは嬉しいわね」と、
蒼子は椅子に座ったまま、
屈伸するように手足を伸ばすと、
席を立つ。
「いいわよ、語って」
「俺のプレースタイルは、
相手のフィニッシュを誘って、
パッシングで意味不明にさせるの一手で。
それに関する技術は体力も含めて、
手は抜かなかったけど、
それ以外は、サーブとかは適当で、
そういう奴で」
「好きよ。
オールラウンダーを、
否定する気はないけど」
蒼子がカウンターで返す。
「やめた時…
やめるしかなかったんですけど。
やめない、というか、
やめずに済んだ奴らがいて…」
「聞いた話では、
インターハイとか、
見学の常連だったらしいわね?」
「それ、どこから?」と、
さすがに声を出して、笑う進次。
「変な奴認定で、
仲良くしてくれる奴らばかりで」
「なぜ?」
「俺はどこまでも感覚派ですから。
その答えが分かるなら、大歓迎ですけど」
「…さすがに情報が少ない」
「俺的には、
やめたことに、なんの未練もないけど。
いや、ほんとに」
「当時も?」
「いや~、それはどうなんだろう。
言語化まではできてなかったけど、
自分がこんなにも変わっていくのに、
ゴールだけが変わらない。
そのバカバカしさには気づいてました」
進次はお茶を飲み欲し、
首を振って、
蒼子に「おかわりは要らない」と返す。
「あいつらの練習相手に、
ラケットを握ることもあって、
高校でも、
臨時コーチみたいなことやってて…」
「ほんと、不思議な立ち位置よね」
「もう、過去なんですよ。
きれいさっぱり。
当時は、あの快感に固執して…
いや、なんだろうな。
固定化というか絶対化というか、
不動のものにしてて」
「それはいつ、
気づけたの?」
「最近ですね。
ここに来てから、です」
「ただ…」と、進次は言い淀み、
「ただ、当時から気づこうとはしていた。
部分的に、総合的に、
俺より優れてたプレーヤーは山ほどいて、
彼らがどうなっていくのか、
単純な興味本位から観てたけど」
「観ながら?」
「自分にフィードバックして、
過去を未来の目標にするのは、
ダサいな、と。
過去の栄光にすがるほど、
俺は可愛そうな奴じゃないですよ。
結局はそこかな」
「過去の自分も立派な自分よ」
「変わってないと、良くも悪くも。
それ、ちゃんと生きてないですよ」
「結論、出た?」
「どうすかね」と進次はテーブルへ、
突っ伏すように体を投げ出す。
「俺よりも…才能。
パワーやスピード、クレバーとか。
俺が超えられなかった、
境界線を超えた彼らが、
俺とはまた違った理由で、
その道を諦めざるを得なかったのは、
どういうことなんでしょうね?
直接関わったりもしましたけど、
あれだけの努力を経て、
多くは、自分で自分を否定してましたね」
「そうね。
いくつか、ありそうね。
今日はそれを言語化して、
終わりとしましょう」
「いいすね」と返すが、
進次は突っ伏した姿勢のまま、
顔は真剣に蒼子を見ているが、
「まず、自分らしさとは、
他者の価値観を排除したり、
周囲との調和を崩すものではあり得ない」
「王様気取りや独善主義。
これは強いようで脆いですよね。
孤立は存外弱い」
「だから?」
「自分らしさとは、
それを強固に固めるほど、
折れやすいのかな。
打たれ強さというか、しなれる奴が、
結局は強い印象ですね」
「自覚できたのは成長?」
「耳が痛いですけど、
今だからこそ、
耳に痛みとして聞こえる」
「他には自分らしくある、
その過程に溺れてしまったり、
酔ってしまったり」
「狂ったり、ですか。
まぁ、ありますね。
…俺、英語の勉強、してるんですけど」
「単語だけ覚えるとかね」
「良かったです。
蒼子さんと話ができて」
「私もよ」
「でも…」と、進次が体を起こす。
「でも?」
「酔うことも必要ですよね?」
「時にはね」
「何が問題に?」
「酔うことは悪くない。
酔っているという自覚がある限り」
「酔いと知って酔う?
なんか、お酒というか、
大人の嗜みですね」
進次は膝を叩いて笑った。
これから暑くなっていく季節、
お気に入りの、
カウンターの隅で固まっていた、
黒猫が耳だけを揺らす。
ふと、尻尾だけがむずむずと、
何かを言いたげに反応する。
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太っ腹♥
きっと、良いことがあったんだね💫