【フォトレジスト連載 第13回】2019年の日韓輸出管理問題――「レジスト」は何が起きたのか
2019年、「フォトレジスト」という専門用語が一般ニュースに突然登場しました。
日本政府が韓国向け輸出管理の運用を見直し、レジスト、フッ化水素、フッ化ポリイミドの3品目が大きく報道されたためです。
当時は「日本が半導体材料を禁輸した」「韓国の半導体産業が止まる」といった極端な表現も飛び交いました。
しかし材料産業の実態を見ると、もう少し複雑です。
今回は政治的な賛否ではなく、
何が制度上変わったのか
なぜフォトレジストが注目されたのか
韓国のファブは本当に止まりかけたのか
その後サプライチェーンがどう変化したのか
を整理します。
まず結論――「全面禁輸」ではなかった
2019年7月1日、日本の経済産業省は韓国向け輸出管理の運用見直しを公表し、7月4日から3品目について従来の包括許可ではなく、原則として個別の輸出許可申請を求める運用へ変更しました。
対象として注目されたのが、
フッ化ポリイミド
レジスト
フッ化水素
です。
重要なのは、これは輸出そのものを全面禁止する制度ではなかったという点です。
輸出企業は案件ごとに用途、需要者などを確認し、許可を取得する必要が生じました。
つまり問題の本質は、
「物が完全に出なくなった」のではなく、供給の予見可能性とリードタイムに不確実性が生じた
ことにあります。
なぜ「レジスト」が世界的ニュースになったのか
フォトレジストはウェハ上へ回路を転写するための感光材料です。
半導体工場から見ると使用量は巨大ではありません。
しかし、少量でも無ければ製造できません。
さらに先端レジストには別メーカー品へ簡単に切り替えられない特徴があります。
同じ「ArFレジスト」「EUVレジスト」という分類でも、
感度
CD
LER/LWR
欠陥
現像特性
エッチング耐性
塗布装置との相性
が異なります。
材料を変更すれば、ファブ側で再評価が必要です。
そのためフォトレジストは、
金額規模以上に代替困難性が高い材料
なのです。
供給リスクは「在庫量」だけでは決まらない
例えばファブが数カ月分のレジスト在庫を持っていたとしても、それで安全とは限りません。
半導体は製品世代ごと、工程レイヤーごとに使用レジストが違います。
あるレジストの在庫が豊富でも、特定のクリティカルレイヤー用材料が不足すれば、その工程がボトルネックになります。
また化学材料には使用期限や保管条件があります。
したがって、単純に
「何トン在庫があるか」
ではなく、
どの製品・どの工程で使う認定済み材料が、何ロット残っているか
を見る必要があります。
日本側と韓国側で主張が異なった
この問題では、両政府の説明も異なりました。
日本政府は、安全保障貿易管理の運用や輸出管理体制に関する問題として説明しました。
一方、韓国政府は措置が不当で差別的な輸出制限だとして反発し、2019年9月にWTO協議を要請しました。
WTOのDS590には、韓国が日本の輸出許可政策・手続きを問題として提起した経緯が記録されています。
つまり、この問題を理解するときは、
「どちらか一方の政治的説明が完全な事実」
として扱うより、
輸出管理制度をめぐり両国の認識が大きく対立していた
と整理する方が正確です。
実際に韓国の半導体生産は止まったのか
結果だけ見れば、韓国の主要半導体メーカーが長期にわたり全面停止する事態にはなりませんでした。
理由はいくつかあります。
第一に、許可がすべて拒絶されたわけではなかったこと。
第二に、ファブ側が在庫や調達経路を見直したこと。
第三に、韓国国内で材料国産化と供給先多様化への投資が急速に進んだことです。
ただし、
「生産が止まらなかった=影響がなかった」
ということでもありません。
企業はサプライチェーンを変更し、在庫を積み増し、新しい材料を評価する必要がありました。
これは調達コスト、在庫コスト、開発リソースという形で企業負担になります。
2019年問題が残した最大の変化
この事件の最大の影響は、レジストそのものの供給量よりも、
半導体材料を国家安全保障の問題として考える流れを加速させたこと
だと考えられます。
半導体ファブはその後、
調達先の複線化
安全在庫
現地生産
原料トレーサビリティ
BCP
代替材料の事前認定
を以前より重視するようになりました。
材料メーカー側も日本から輸出するだけでなく、韓国・台湾・米国など顧客の近くへ製造・品質保証機能を配置する動きを強めています。
2023年には運用が見直された
2023年3月、日本と韓国の輸出管理政策対話を経て、日本側は3品目について特別一般包括許可の対象へ戻す運用変更を行いました。
韓国もWTO紛争手続きを取り下げました。
制度面では大きく正常化しました。
しかし企業行動は2019年以前へ完全に戻ったわけではありません。
一度経験した供給リスクは、調達戦略に残ります。
この問題が示したフォトレジスト産業の本質
2019年の出来事は、フォトレジストという材料の特徴を世界へ示しました。
それは、
使用量は小さくても、代替に時間がかかれば巨大産業を止められる
ということです。
材料の競争力は単なる化学性能だけではありません。
顧客認定
品質再現性
安定供給
輸出管理
物流
生産拠点
すべてが製品の一部です。
フォトレジストは「化学品」ですが、実際には半導体サプライチェーンの戦略物資に近い性格を持っています。
まとめ
2019年の日韓輸出管理問題を「禁輸だった/禁輸ではなかった」という二択だけで理解すると、本質を見失います。
重要だったのは、
認定済みの先端材料を、必要な時に継続して受け取れるか
というリスクでした。
そして、この問題をきっかけに韓国では国産化、日本企業では海外拠点強化、ファブでは調達多様化が進みました。
次回は、その「国産化」をさらに大規模に進めている中国へ目を向けます。
中国はフォトレジストを本当に自給できるのでしょうか。
参考資料
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