1分で読める超まとめシリーズ 昭和の大事件 #02「よど号ハイジャック事件」
※1分で読める超まとめシリーズ
昭和の大事件 #01「3億円事件」
からの続き
「昭和の大事件」...3億円に続いては、ハイジャックです。
こいつも、当時の中学生たちには“摩訶不思議”な事件だったですね。
<概略>
1970年3月31日
日本航空351便(通称:よど号)が、羽田空港から福岡空港に向かう途中で、赤軍派を名乗る犯人9名らによってハイジャックされる
犯人グループは「北朝鮮に亡命する」ことを望み、同国へ着陸するよう要求(これが、中学生には意味不明)
同機は、福岡空港と韓国・ソウルの金浦(きんぽ)国際空港への着陸を経たあと、3日後に平壌の「美林飛行場」に到着
犯人グループらは、そのまま亡命した
乗員・乗客は事前に解放されたが、「山村新治郎運輸政務次官」が人質として搭乗し、北朝鮮まで同行した

<事件のポイント>
犯人ら「赤軍派」は、1960年代後半からの左翼運動過激化の勢いに乗り「武装闘争での体制転覆」「日本は憎き帝国主義国家」という思想を強め犯行を計画
そして彼らは、目的地(亡命先)に選んだ「北朝鮮」という国が、「反帝国主義の理想的国家」「革命の拠点として最もふさわしい」という勝手な思い込みに浸る
北朝鮮行きを要求された機長と副操縦士は「直接向かうには、燃料が足りない」と大ウソをつく(めちゃ足りてたらしい)ことで、福岡空港への着陸が許された
福岡県警や自衛隊が、国外逃亡を許すものかと、機体を離陸させないよう、給油を遅らせたり、航空自衛隊の戦闘機が滑走路を塞ぐなどのセコい妨害工作を行う
これら一連の嫌がらせが犯人グループを焦らせ、一時はキレたそうだが
戦闘機をどかせるなどと引き換えに、乗客の一部を解放することに応じさせたとのこと

いざ北朝鮮へ、となるわけだが
こっそり機長たちは、日本や韓国の航空管制と連絡を取り(犯人らは英語も韓国語も全然わからず)
38度線手前の韓国「金浦空港」に着陸「はい北朝鮮に着きました」と芝居を打つ
韓国兵が北朝鮮兵の服装に着替えたり
「平壌到着歓迎」の看板を掲げる、といった小細工で、
犯人らに「ここは北朝鮮でござい」というのを、信じさせようとした
しかしながら、犯人グループがそのへんにいた軍人に「ここは韓国か?」と聞いたら「そうです」と答えちゃったり
「金日成のデカいパネル持ってこい」と要求するも、当然そんなもんあるわけなく、遂にウソがバレる
そのあとも、残された乗客の解放や、北朝鮮行きへの妨害だのなんだので、すったもんだしたようだうが、結局万事休す
北朝鮮の空港へ向かい、着陸する

一方、犯人グループを迎え入れた、北朝鮮側の当事者たちが「武装解除」を求めたことで、犯人らは仕方なく“武器”を置くわけだが
これら(日本刀や拳銃、爆弾ほか)はすべて「おもちゃ」であったことが判明
亡命した犯人グループ9名は、日本の法律「ハイジャック防止法違反」などで、指名手配を受けるも、
現地で生活(厳重な監視下にあったらしいが)、現在に至る
またこの「よど号事件」は、赤軍などによる一連の事件・国際テロの問題に加えて、
後に大問題へと発展する「北朝鮮による日本人拉致事件(横田めぐみさんほか)」とも関連している、との文献も散見できるのだ
ちなみに犯行グループリーダーは「高宮高麿」という
<「よど号」にまつわるあれこれ>
ちなみに「よど号」という愛称は、日本航空のボーイング727(JA315)という機体に付けられていたもので、
同型機は1機のみならず、複数機存在する
他にも「あかぎ号」「はるな号」「あさま号」「みょうぎ号」など、主に山・川などの自然地名が由来なものがある
しかし、この事件がきっかけで、「よど号」という愛称は廃止(そりゃ、そんな名前の飛行機乗りたくないよねえ)
以降「愛称」は使われなくなってきたようだ
また、この「よど号事件」にちなんでよく持ち出されるエピソードとして、
羽田出発時に出した犯行声明文中の「我々は明日のジョーである」という一節がある
犯人グループは、自分たちが「矢吹丈」であって、
「燃え尽きるまで闘う」と主張したかったと言われているが、
これは、ちばてつや先生にたいへん失礼であろう
...かつては「地上の楽園」とすら言われた時代もあった北朝鮮ではあるが、今や「脱北」が当たり前なわけで、
どうしてそんなところにわざわざ飛び込むかね
と改めて思ってみたりして。
1分で読める超まとめシリーズ
昭和の大事件 #03
「三島由紀夫割腹自殺」に続く
