高校中退だけど哲学者になりたい:国際誌への投稿戦略
国際ジャーナル多すぎ問題の続きです。
同時投稿禁止の罠
国際哲学誌上位10件とかに全部に投稿してどこかにひっかかればいいやという安易な考えを持っていたが、重大な指摘をClaude先生にされる。
それが同時投稿禁止というものである。
要するにどこかの国際誌へ投稿中や審査中の原稿は他誌に投稿してはいけない。
多少改稿すればよくね?
そこでまず思いつくのは全く同じ原稿だと問題があるなら、多少タイトルとか本文を修正した物を投稿すればいいのではないか?
と、思ったがこれも結論としてはダメらしい。
もちろん既存発表と被る内容とかもダメらしい。
カスケード戦略
じゃあみんなどうしているかというと、大学受験のように第一志望から順に投稿して不採択になった場合国際誌のランクを落として再投稿という流れを取るらしい。
余談だが、カスケード「階段状に連なる小さな滝」を意味する言葉でスピッツにそんな曲あったなーと思ったらスカーレットだった。
想像以上に長い待ち時間
僕「国際哲学誌への同時投稿禁止はわかったんだけど、審査期間はどれくらいなの?」
哲学誌の審査期間について、まずひとつ確認させてください。「同時投稿禁止はわかった」とのことですが、お話の流れで投稿先がある程度絞られているようでしたら、その誌に合わせて具体的にお答えできます。一般論としてお答えしますね。
国際哲学誌の査読期間は、誌によってかなり幅があります。
優先ターゲットに置いている誌を念頭に、おおまかな目安を整理します。
一次審査(first decision)までの期間としては、速い誌で1〜2か月、標準的な誌で3〜6か月程度が一般的です。ただし哲学系は他分野に比べて遅い傾向があり、Synthese や Philosophical Studies のような大手でも、査読者がなかなか見つからずに6か月〜1年近くかかるケースが珍しくありません。Mind や Nous など最上位誌になると、さらに長期化することがあります。
長い。
これは長い。
10誌に投げ終わるころにはもう5年、10年かかる計算である。
重要なのは長期的に哲学者になることでは無い。
短期間にスパッと国際誌に投稿してサクッと採択されてパキッと哲学者になることである。
僕が10年奮闘したところで歴史に名を残すような哲学者になるとは思えない。
そもそも哲学なんてほとんど語りつくされているから世紀の大発見もなさそうである。
ここは‐…
10本哲学論文をかくのが良い
という結論に至った。
フィードバックがもらえないらしい
論文を投稿をすると
①テクニカルチェック(書式とかのチェック)
②編集デスクのチェック
③外部査読者によるチェック
の3段階を通るらしい。
一昔前は②の段階でもコメントがもらえたらしいが、近年は論文の投稿数が増えたため②でも基本ノーコメントで突き返されるらしい。
逆に③まで進めば査読者から論文に対してコメントがもらえるらしい。
このコメントが重要で、不採択なら不採択の理由をその筋の専門家(?)からもらえるらしく。
それを参考にカスケード戦略でランクを下げていけばどこかで採択になるみたいな流れらしい。
哲学誌のQ1場合半分くらいが②のデスクリジェクトらしい。
ここで発生しうる最悪の問題は、自分では大作だと信じた論文が実は低品質な場合である。
低品質なのでカスケードしていっても、延々と問題に気付かぬままデスクリジェクトされ時間だけを消費していくという構造だ。
なので最低限外部査読に回る水準のを何本か用意するのが正解っぽい。
デスクリジェクトの理由
僕「デスクリジェクトの原因をランキング形式で教えてください」
哲学誌でデスクリジェクトされる理由
1.ランキングスコープ不適合 ― その誌の関心・議論の文脈に乗っていない。最大の門前払い理由。
2.英語・文章の質 ― プロの水準に達していない文章は外部査読に回らない。非英語圏の関門。
3.引用・学術水準の不足 ― 先行研究との接続が薄く、文献渉猟が足りない。
4.論証の弱さ ― 中心テーゼが立っていない、論点が緩く連結されている。
5.枠不足による絞り込み ― 質ではなく掲載キャパシティの問題。投稿者には対処不能。
ポイントは、1〜4は投稿前に潰せる、5は構造要因ということ。逆に言えば、落ちた理由の多くは「悪い論文だから」ではなく「この誌に合っていなかった」だけ、というケースが相当あります。
①に関しては
Leiter Reportsの"Best general philosophy journals"上位に投稿するわけで、哲学総合誌だからスコープの不一致にはなりにくい。(と思う)
②に関しては
Claude大先生に任せるのできっと大丈夫。
大丈夫じゃなくても自分でどうこうできる問題ではないので考慮する必要が無い。
③文献渉猟の【渉猟】がもうわからない(;´Д`)
語源・由来: 「渉(しょう)」は川を渡る、歩き回ることを表し、「猟(りょう)」は獲物を探し求めることを意味します。
転じて: もともとは「広い範囲を探し歩く」ことでしたが、転じて「たくさんの書物や資料に目を通すこと」を指すようになりました。主に学術的な調査や研究の文脈で用いられることが多い言葉です。
これは確かに大学とか行ってないので良くわからないが、
グーグルスカラーがあるしどうにかなるだろう。
というかそれしか手段が無い。
④はまぁ
良くわからないけど、よくわからないものは対応しにくいので既存の論文の構造を真似ればよいでしょう
⑤はClaudeの指摘通り対応する必要が無い。
論証は型で攻めるべきだろう
論証と言われても良くわからないので、ここは採択論文を読み込んで構造と型で対応するのが正解だという結論に至った。
論文とは言えしょせんテキストである。
読書感想文や寄稿文など採択されやすい型や構造が必ずあると考えた。
哲学論文の型
型や章構成を把握するという発想は悪くなかったと思う。
ただ、言語の壁は想像以上に厳しかったので結局Claude先生にまとめていただいた。
基本アーキテクチャ
分析哲学のジャーナル論文は、章タイトルこそ自由ですが、機能としては以下の流れがほぼ固定されています。これは「IMRADの哲学版」ではなく、論証の運搬構造だと考えると見通しが良くなります。
1. Introduction(導入) ここで論文の8割が決まります。典型的には次の要素を順に置きます。問題の提示(the puzzle / tension)— なぜこれが問題なのかを、既存の見解の対立や齟齬として立てる
本論文のテーゼ(thesis statement)— 「I argue that P」と一文で明示する。分析哲学では導入で結論を隠さないのが規範です
貢献の位置づけ(what's at stake / why it matters)
ロードマップ(Section 2 では…, Section 3 では… の段落)
Q1上位だと、導入だけで「この人は何を主張し、なぜ既存研究では足りないのか」が完全に分かる必要があります。
2. Background / Setting up(背景・舞台設定) 論じる対象の概念整理、対立する立場の定式化、用語の定義。ここで相手の最強バージョン(steelman)を立てておくと、後の反論が効きます。
3. The Core Argument(中心論証) 論文の心臓部。前提から結論への運びを散文で明示的に接続します。まさやさんが定着させている「散文の方が論理的接続が明示されて深い論証になる」という知見は、まさにここで効きます。命題番号を多用せず、"This is because…", "It follows that…", "The crucial step is…" のような接続詞で論理の関節を見せる。
4. Objections and Replies(反論と応答) 分析哲学で最も評価される章。"One might object that…" → "In response…" の構造。反論を弱く作る(straw man)と査読で必ず刺されます。最強の反論を自分で立てて応答することで、論証の頑健性を示します。
5. Conclusion(結論) 要約は最小限。むしろ「この論文が開いた問い」「含意の射程」を示して終わるのが上質です。単なる繰り返しは避けます。
とりあえず章構成に沿って作ればいいところまでは何とかなりそうだ。
とりあえず書き方もわかった。
あとは日本語で10本書いてそれを翻訳して投稿したらOK
あとは…
テーマだなテーマ
哲学のテーマってどうやって書けばいいんだろう?
そもそも哲学って分析哲学とかカントとか色々あるけど…
簡単に済む話を小難しく書いているだけな気がするけど…
とりあえず10個かぁ…
そんな感じで僕は哲学者への道を歩み始めました。
そして結論から言えばQ1哲学ジャーナルに論文は採択されます。
つづく
