医療AI鎖国〜日本・米国・EUの分岐点〜
OpenEvidenceというサービスをご存知だろうか。米国の医師向けに作られた医学文献検索AIだ。臨床的な問いを投げると、査読済みの文献を引いて引用付きで答えてくれる。UpToDateのAI版と思えばいい。
米国では医師の40%が日常的に使っている。2025年12月の臨床相談件数は約1800万件。NEJMやAMAと公式提携を結び、評価額は120億ドルに達した。
そのOpenEvidenceが、2026年4月30日にEUとUKでサービスを停止した。
EUは規制で止めた
理由はEU AI Actだ。
医療目的のAIシステムは「高リスク」カテゴリに分類される。透明性、データガバナンス、人間の監督、リスクマネジメント、技術文書、サイバーセキュリティ。各要件への適合審査と継続的な監査が求められる。
違反時の制裁金は重い。高リスクAIの要件違反で最大1500万ユーロまたは全世界売上の3%。禁止AI実務にあたる重大違反なら最大3500万ユーロまたは7%まで上がる。罰則条項は2026年8月2日から発効する。撤退タイミングはこの期日を意識したものだ。
OpenEvidenceは患者データを直接扱うサービスではない。文献検索ツールだ。それすら撤退対象になる。EUの医師は、米国の医師がアクセスできる臨床判断補助ツールから締め出された。
UKは事情が複雑だ。EU離脱でAI Actの直接適用は受けない。それでもUK政府はAI Actと同調する規制ガイダンスを出してきた。法的拘束力のある独自フレームワークは未整備のまま、不確実性だけが残る。OpenEvidenceはUK市場にも参入する価値を見出さなかった。
過剰防衛で現場の選択肢が消える。これがEUの分岐だ。ただし、Heidi EvidenceやiatroXといった欧州発の代替サービスが立ち上がり始めている。規制が産業を生む側面はゼロではない。
米国は法整備で受け入れた
米国はHIPAAという業界別の法律を持つ。患者データの取り扱いを明確に定義し、BAA(Business Associate Agreement)という契約スキームで医療機関とAI事業者の責任関係を確定させる。
ChatGPT for Cliniciansが動くのも、Epicとの連携が進むのも、この基盤があるからだ。さらにオバマ政権時代のHITECH法で、電子カルテのFHIR対応に約270億ドルの補助金と罰則をセットにした。インフラは整った。
患者データを匿名化するのではなく、識別可能なまま厳格に守る。米国はこの設計を選んだ。AIは現場で動いている。
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