名簿が消える〜辺野古基金が賛同団体一覧を削除した日〜 辺野古転覆事故・第34稿
辺野古基金が、ホームページから賛同団体の一覧を消した。六月十五日のことだ。
前日まで、そこには名前があった。全国の教職員組合、自治労、千二百八十団体。うち六百八十六団体の名が公開されていた。十五日、トップページの「賛同団体一覧」が、ページごとなくなった。削除の説明はない。
第32稿で、僕は組織が畳まれて痕跡を減らす動きを書いた。第33稿では、責任の宛先が反論できない一人に定められていく語りを書いた。今回も、似た形の動きが起きている。記録が、人の手で減らされていく。
発端
四日前の六月十一日、福岡県行橋市の市議会で、一人の議員が質問に立った。
市立小中学校の名を冠した県教組の組織が、辺野古基金に名を連ねている。延永小、行橋南小、今元中、仲津中、長峡中。それぞれの分会の名が、賛同団体の一覧に載っていた。議員はそれを問題視した。辺野古沖で抗議船が転覆し、同志社国際高の生徒ら二人が亡くなった事故で、二隻を運航したヘリ基地反対協議会に、辺野古基金が一千万円を支援していた。その指摘も、同じ場でなされていた。
教育長は答えた。組合が適法に動いていれば市教委に指導する立場はない。だが学校は地域の中核であり、信頼されるべきものだ。分会名がホームページに出ていることの課題について、申し入れを伝える、と。市長も見解を述べた。事故を想定して寄付したものではないが、事故に明らかにつながっていると言うこともできる、と。意図と結果の間に、本人も言い切れない隙間がある語り口だった。
追及の中身を、ここで評価するつもりはない。記録できるのは、議会という公開の場で名が挙がった、という事実だけだ。その公開の場で名が挙がり、四日後に、名簿そのものが消えた。
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