少子化問題を個人に押し付けるのは間違っている
SNSで「45歳過ぎた独身女性」を巡る議論がある。「子どもを産まない人は社会の負担」「将来の介護を誰がするのか」という批判。それに対する「個人の自由」「子育て世代への過度な負担」という反論。

この不毛な対立を見ていて思う。
議論の枠組み自体が完全に間違っている。
少子化は個人の選択の問題ではない。構造的な社会システムの失敗だ。
個人を責めても始まらない
「産め」という圧力をかけても無意味だ。独身者を非難しても、子育て世代を批判しても、少子化は1ミリも改善しない。
この分断こそが、政治と社会システムの失敗から目を逸らさせる煙幕になっている。
必要なのは個人への圧力ではない。子どもを持ちたいと思える環境を作ることだ。
なぜ子どもを持てないのか
実質賃金は30年間横ばいだ。非正規雇用が増え、雇用は不安定化した。教育費は大学まで数千万円かかる。住居費の負担は増える一方。夫婦共働きでも経済的余裕がない。
長時間労働は当たり前。育休や時短勤務への職場の理解は乏しい。保育園は足りず、待機児童問題は解消しない。男性の育児参加を阻む職場文化。そしてワンオペ育児という地獄。
政策はどうか。児童手当などの現金給付は諸外国と比べて圧倒的に少ない。教育無償化は中途半端。保育士や教員の待遇改善は遅々として進まない。住宅政策は不在に等しい。そして財務省主導の緊縮財政が全てを縛っている。
これだけ「子どもを持つことがリスク」になる構造を作っておいて、「なぜ産まないのか」と個人を責めるのは完全に筋違いだ。
予算の差が全てを物語る
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