香港高層住宅火災で128人死亡 〜竹足場は本当に危険だったのか〜
香港で起きた高層住宅火災が、史上最悪の惨事となりました。死者128人。なぜここまで被害が拡大したのか、そして今、竹の足場をめぐって意外な論争が巻き起こっています。
火災の概要
11月26日午後、香港大埔区の高層住宅「黄福苑」で火災が発生しました。この住宅は昨年から大規模修繕の最中で、8棟すべてが竹足場と緑色の防護ネットに覆われていた状態でした。
火は40時間以上燃え続け、128人が命を落としています。香港の火災としては過去60年余りで最悪の規模となりました。
漢時代から続く竹足場の文化
そもそも、なぜ香港では高層ビルに竹の足場を使うのでしょうか。
竹足場は単なる「古いやり方」ではありません。その歴史は漢王朝時代にまでさかのぼります。当時、中国の伝統演劇を移動式テントで上演する際、舞台の組み立てに竹が使われていました。この技術は広東地方から香港へ伝わり、植民地化以降の人口増加と建物の高層化とともに発展してきました。
現在でも香港の足場の約80%が竹製で、約3000人の職人がこの技術を継承しています。足場を組む職人になるには国家資格が必要で、基礎技術の習得に約1年、理論の授業を経て高所での実践訓練に入ります。
竹が選ばれる理由は合理的です。隣接する中国本土から調達が容易で、竹なら1本当たり約270円。金属製だと約5100円と、値段は5倍以上に跳ね上がります。軽量で運搬も容易なため、狭い香港の市街地では取り回しの良さが重宝されてきました。
高温多湿な香港では鉄が錆びやすい一方、竹は湿気によってしなり、強度が増す性質があります。気候風土に適した素材だったのです。
ベテラン職人は「狭くて入り組んだ香港市内での作業には、竹の足場がうってつけだ」「普通なら不可能と思える場所でも組むことができる。しかも、最も美しいやり方で」と語っています。
延焼が止まらなかった理由
では、なぜ今回の火災はここまで拡大したのでしょうか。
被害がこれほどの規模になった背景には、複数の要因が重なっていました。
まず専門家が最大の原因として挙げているのが、可燃性の高い発泡ボードです。窓などを保護するために使われていたこの資材が、炎を一気に上へと広げたとされています。
加えて、防護ネットの難燃性にも問題があった可能性が指摘されています。建物の壁と足場の間にできた空間が「煙突効果」を生み、火の勢いを加速させたという見方もあります。
そもそも8棟を同時に修繕していた判断自体が被害を拡大させたと、香港理工大学の何教授は述べました。「一棟ずつ改修していれば、ここまで火が広がらなかっただろう」と。
竹足場は悪者なのか
今回の火災で、竹の足場に批判が集まりました。政府も金属足場への移行を加速させると表明しています。
しかし、話はそう単純ではありません。
香港理工大学の何教授によれば、金属と竹の足場はいずれも短時間なら炎に耐えられるとのこと。ただし40時間以上燃え続けた今回の火災では、2号棟の竹はほぼ焼失。金属なら大部分が残っていただろうと指摘しています。
一方、竹製足場労組の組合長は「竹は燃えにくい」と反論。地元建設労組も「竹でも金属でも、管理が適切で規制が守られていれば、どちらも比較的安全だ」との見解を示しました。
SNS上では別の角度からの批判も出ています。香港研究者の梁啓智氏は「火災の主因として竹の足場を挙げるのは、本質的に異質でエキゾチックなものを責めることに他ならない」と投稿。素材の問題ではなく管理の問題だという声は少なくありません。
過去に竹足場が原因の大規模火災はあったのか
竹足場が「危険な旧習」として槍玉に挙げられていますが、過去にも同様の事故があったのでしょうか。
実は、竹製足場は建設事故との関連が指摘されてきました。昨年の啓徳での崩落事故では作業員2人が死亡しています。ただしこれは火災ではなく、足場の崩落による事故でした。
竹足場が原因で高層住宅が全焼したという前例は確認されていません。今回のような規模の火災は、香港でも初めてのケースです。
香港では1997年のカラオケ火災(17人死亡)、2011年の旺角・花園街火災(9人死亡)などの大規模火災はありましたが、いずれも竹足場が主因ではありませんでした。
今回の火災が特異だった点は、竹足場だけでなく、可燃性の発泡ボード、難燃性を欠いた防護ネット、8棟同時修繕という複合的な条件が重なったことです。問題の本質は素材そのものよりも安全管理体制の欠如にあったと見るべきでしょう。
火元はタバコか
火元については、防護ネット付近から出火したことまでは判明しています。
中央日報は「たばこの火」が原因かと報じており、住民からは以前から作業員の喫煙に対する苦情が上がっていたという情報もあります。大規模修繕中で作業員が多数出入りし、可燃性資材に囲まれた環境。タバコの火種が引火した可能性は十分に考えられます。
ただし、現時点で火元は確定していません。自然発火なのか人為的なものなのか、詳細な調査はこれからです。
異例のスピードで進む逮捕
驚くべきは、責任追及のスピードでした。
火災発生が11月26日午後。翌27日には建設会社の取締役ら3人が逮捕されています。その後も汚職容疑で8人が追加され、計11人が逮捕されました。火がまだ燃え続けている段階での逮捕劇です。
128人という死者数を考えれば、当局の危機感の表れとも取れます。しかし、火元の特定すら終わっていない段階での逮捕には別の見方もあります。政府が批判の矛先を業者に向けさせようとしているのではないか、と。
実際、住民の怒りは業者だけに向いているわけではありません。「防げたはずだ」「行政の怠慢が招いた惨事」という声が上がり、監督責任のある政府への批判も強まっています。
ロイターは「香港火災で市民の不満爆発も、政治統制進める中国政府に試練」と報じました。元民主派香港区議は「人災」の構造的原因を指摘し、政治統制が進む中で市民の声が届きにくくなっていた背景を問題視しています。
日本のマンション修繕との違い
日本で同じような火災が起きる可能性はあるのでしょうか。
結論から言えば、日本の高層マンションは香港とは根本的に異なる安全基準で守られています。
まず足場の素材が違います。日本の大規模修繕では金属製の足場が標準です。鋼管を組み合わせる「くさび足場」や「枠組み足場」が主流で、竹を使う現場は存在しません。2024年4月の労働安全衛生規則改正により、本足場の使用が原則義務化され、安全基準はさらに厳格化されました。
建物自体の防火基準も異なります。日本の高層マンションは建築基準法と消防法により、厳しい耐火構造が求められます。11階以上ではスプリンクラーの設置が原則義務付けられ、防火区画による延焼防止措置も細かく規定されています。15階以上の建物には「特別避難階段」という、煙が入りにくい構造の避難経路の設置も必要です。
さらに、日本のマンションではカーテンや絨毯に「防炎製品」の使用が義務化されています。外壁の断熱材も、ほとんどが躯体のコンクリート内側に施工される「内断熱工法」です。外壁に可燃性資材を貼り付けていたロンドンのグレンフェル・タワー火災(2017年、死者70名以上)とは構造が根本的に異なります。
実際、日本の高層マンション火災は年間500件前後発生していますが、焼損床面積の平均は1件あたり3〜4平方メートル程度。建物全体に燃え広がる事例はほぼありません。
ただし、修繕工事中のリスクがゼロというわけではありません。足場に張る飛散防止シートや養生材の品質管理、工事中の火気管理は日本でも継続的な課題です。
消えゆく伝統技術
今回の火災により、竹足場から金属足場への移行は大幅に加速することが確実です。
政府は火災前の3月、新たな公共建築工事の少なくとも50%に金属製足場を義務付ける方針を示していました。竹製足場には強度のばらつきや経年劣化、高い可燃性といった「本質的な弱点」があると指摘しています。
業界側は、竹製足場が構造的に危険なのではなく、安全手順の不徹底こそ事故原因だと反発。熟練職人の雇用や文化的遺産の喪失も懸念しています。竹足場の衰退は、4000人以上の職人とその家族の生活に打撃を与えることになります。
2000年以上続いた伝統技術が、この惨事をきっかけに姿を消していく可能性があります。
残された疑問
今回の火災は、単なる事故ではなく構造的な問題を浮かび上がらせました。
可燃性資材の使用はなぜ許可されたのか。8棟同時修繕という判断は誰がしたのか。火災警報装置はなぜ作動しなかったという証言があるのか。避難経路に問題はなかったのか。
逮捕された11人だけで終わるのか、それとも監督官庁まで責任が及ぶのか。捜査の行方が注目されます。
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