定数削減見送りは断念ではない 数字で読む自民の余裕
7月7日、高市首相と維新の吉村代表が国会内で会談し、衆院定数削減法案の今国会成立見送りを確認した。皇室典範改正案の審議を優先する。会期末は17日に迫り、政府が今国会に出した法案の4分の1ほどが、まだ成立していない。時間はもうない。各紙はこれを「見送り」と報じた。
だが、見送りは断念ではない。定数削減は秋の臨時国会に送られ、継続審議になる公算が大きい。宮本徹も上念司も志位和夫も、揃って「諦めたわけではない」と指摘している。松井一郎も「まだあきらめてない」とした。今国会で通らないという一点だけが、確定した。
何が切り分けられたか
このニュースの読みどころは、見送られたものと生き残ったものの線引きにある。
切り離されたのは定数削減だけだ。副首都構想の関連法案は「改めて今国会での成立を目指す」と確認されている。維新の2法案がまとめて人質に取られたのではない。副首都は死守され、定数削減だけが秋に送られた。この分離を、一日の見出しは伝えない。
維新はこの間、野党全体から包囲されていた。野党5党の国対委員長は2法案の成立断念を求めることで一致し、参院でも立憲など9党派が議長に断念や集中審議の実施を申し入れている。衆参の野党が同じ方向から圧力をかけ、その出口として定数削減の秋送りが選ばれた。維新は連立の中にいながら、法案の中身では孤立していた。
もう一つ。会期延長は党首会談の議題に上がらなかった。一週間前、自民・維新の覚書案には「最大2回の会期延長を含め、今国会で成立させる」と記されていた。延長は維新側が強く求めていたカードだ。吉村は「今国会で必ずやり遂げる」と繰り返していた。それが7日には「やりきるべきだという考えはいまも変わらない」と述べつつ、成立時期には触れなくなった。「必ず今国会で」から「時期は言わない」への後退である。
数字が語る非対称
なぜ自民はここまで強く出られるのか。答えは2月8日の衆院選の議席にある。
自民は単独で316議席を得た。定数465の3分の2は310。ひとつの政党が衆院で3分の2を得たのは戦後初めてだ。2009年に民主党が獲得した308を上回る、戦後最多の議席。維新の36を足せば与党で352になるが、その36がなくても、自民は単独で3分の2を超えている。
この数字が意味するものは重い。法案は本来、衆参両院で可決して成立する。だが参院で否決されても、衆院が出席議員の3分の2以上で再可決すれば法律になる。憲法59条の規定だ。自民は単独で衆院の3分の2を持つ。つまり参院がねじれていようが、自民は一党で再可決して法案を通せる。参院の壁は、自民にとって壁ですらない。日常の立法において、維新の36議席は完全に不要だ。
では維新の値打ちはどこに残るのか。ほぼ一点だけだ。憲法改正の発議は、立法と要件が違う。衆院単独ではできず、参院でも総議員の3分の2以上が要る。再可決で越えられる立法と違い、改憲だけは参院の3分の2が絶対条件になる。そして参院で与党は過半数すら割っている。自民・維新を合わせても120議席、過半数の125に5議席足りない。改憲を通すなら、参院で維新も国民民主も、幅広い賛成をかき集める必要がある。維新が要るとすれば、この改憲発議の参院要件においてだけ。しかもそこでも、維新一党では全く足りない。
数の余裕という交渉力
普通、連立相手に強く出れば政権が揺らぐ。だが自民にはその心配がない。維新を切っても衆院の数は1議席も欠けないからだ。
これが今回の一連の処理を可能にしている。定数削減という維新の看板を野党への手土産に差し出しても、自民は痛くない。自民が本当に通したいのは皇室典範だ。野党5党は維新2法案の断念を求めていた。定数削減を秋送りにすれば、その要求に半分応えた形になり、皇室典範審議入りの条件だった「静謐な環境」が整う。朝日は「野党に譲歩する姿勢を示す狙い」と書いた。
譲歩ではある。だが、譲ったのは維新の法案だ。自民は自分の法案を一つも差し出していない。しかも皇室典範は与野党とも表立って反対しにくく、会期の幕引きに使いやすい札だ。維新の看板を差し出して野党の顔を立て、自分の本命を審議入りさせ、締めに使える札は手元に残す。譲歩のコストを連立相手に払わせ、成果を自民と野党で分けた。
玉木雄一郎の論評が、維新の負けを裏側から照らす。社会保障改革でも維新は押し負けている。「原則3割負担」の文言は見送られ、公約に掲げた年6万円の負担減は消えた。玉木は「従来の改革工程表の域を出ていない」と評した。定数削減、社会保障、どちらも維新は取り切れなかった。数の上で不要な相手だから、中身でも譲る必要がない。
なぜ維新は残るのか
衆院で数として要らず、中身でも押し負ける。それでも維新はなぜ連立に残るのか。
与党でいること自体が旨味だからだ。副首都も統治機構改革も、政権の中でしか実装できない。野党に戻れば議題にすら乗らない。松井の「副首都だけでも得れれば耐える」は、この損得を正直に言っている。ゼロと部分的成果を比べれば、部分を取る。押し負けても議題に乗る与党を、筋の通った完敗の野党より選ぶ。
離脱の大義もない。「継続審議」で法案が生きている建前がある以上、維新は「公約を裏切られたから出る」と言えない。断念が確定していないから、離脱の理由も立たない。自民が定数削減の断念を明言せず「秋送り」の体裁を残したのは、維新に離脱の口実を渡さないためでもある。逃げ道を塞ぐのではなく、逃げる必要のない体裁を与えて繋ぎ止める。
都合の良い相手
維新が自民にとって切りやすいのは、地方政党だからだ。
基盤は関西にある。そこは自民が元々弱い。維新と組んでも、自民は全国で議席を食い合わない。中道改革連合のような全国政党と組めば全国で競合するが、維新となら棲み分けができる。しかも改憲に前向きで、参院の3分の2という一点では頭数になる。自陣を脅かさず、改憲の局面では使え、普段は手土産にできる。自民から見た維新は、理想的な軽量パートナーだ。
対照的なのが、同じ衆院選で躍進した参政党やチームみらいの立ち位置である。参政15、チームみらい11。無党派の受け皿として全国で票を伸ばす勢力は、伸びるほど自民の脅威になる。維新は逆だ。関西に基盤を固め、自民と棲み分ける限り、脅威にならない。全国で伸びない政党であることが、連立相手としての安全性を担保している。伸びなさが、居場所の条件になっている。
維新が選んだ道
この従属を、維新はどう受け止めているのか。閣内に入る道を、すでに選んでいる。
衆院選直後の2月10日、吉村は高市から直接、閣内協力を要請されたと明らかにした。高市は「次の内閣改造では、ぜひ入閣してもらいたい」と述べ、吉村は政権のアクセル役になるとして、閣内入りに応じる考えを示した。第2次高市内閣の改造時が念頭にある。秋の入閣は、観測ではなく既定路線だ。
閣僚ポストは、維新の存在価値を「代替可能な議席数」から「代替不能なポスト」に変えうる。大臣として省庁を動かし、政策の実装に食い込めば、議席が要らなくても、その領域では維新が要る。副首都も統治機構改革も、法案を通した後に省庁の抵抗という壁に当たる。制度を設計しても、動かすのは官僚機構だ。担当大臣の椅子があれば、その実装を自分の手で進められる。数として不要な党が、政権内で存在意義を作り直す道が、閣内にはある。
閣内は同時に、維新を切りにくくする。大臣を出せば、離脱は政権からの大臣引き揚げになり、内閣改造や枠組み変更という大掛かりな話になる。維新は自ら足枷をはめるように見えて、その足枷が「簡単には手放せない相手」への格上げになる。数で不要だからこそ、ポストで不可欠さを買いにいく。
代償もある。閣内は責任を負う場所だ。政権が失政すれば維新も共同責任を問われ、「自民とは違う」という距離が取れなくなる。全国政党化して自民と食い合う道を半ば諦め、従属的だが与党に残る道を制度的に固める。吉村が入閣に応じたとき、維新はこの選択をすでに済ませていた。
いつまで続くか
この均衡は、次の衆院選までは続くだろう。
自民は単独三分の二という圧倒的な数を持つ。立法は一党で完結し、参院で否決されても衆院で押し切れる。維新を切っても衆院は揺るがない。それでも切らないのは、改憲発議の参院3分の2という一点で維新になお使い道があり、かつ抱えておくコストがほぼゼロだからだ。維新は閣内で存在意義を作り直す時間が要る。双方にとって現状維持が最適で、次の審判までは惰性で続く。
ただし枠組みそのものが動く可能性は残る。中道改革連合は、立憲と公明が合流して結党した直後の衆院選で、公示前172から49へ、3分の1以下に議席を減らした。数年前には想像されなかった枠組みが生まれ、一度の選挙で崩れる。政党の地図は、思うより速く書き換わる。
次の参院選は2028年7月。ここで改憲勢力が参院の3分の2に届けば、自民は改憲発議に維新すら要らなくなるかもしれない。最後に残った一点でも、維新は不要になる。都合の良い相手ですらなくなる。それまでの2年強が、維新が閣内で副首都という現物を回収できる猶予期間だ。
7月7日の会談後、吉村は記者団にこう言った。定数削減を「やりきるべきだという考えはいまも変わらない」。成立の時期には、触れなかった。
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