依存先の一年〜与沢翼観察記・最終回〜
この連載を、一旦ここで閉じようと思う。
与沢翼の語りを外側から追い始めて、気づけば一年近くになる。覚醒剤の使用を自ら公表し、断薬を宣言したところから始まった観察だった。断薬155日の頃、私は彼の回復を「置換依存」という言葉で書いた。薬物という依存先を、マンジャロと、ChatGPTと、読書に置き換えて走っている、と。
一年追い続けて、最初に書いたその見立てが、結局いちばん遠くまで通用した。今回は総括として、それを書いておきたい。
医療者として、第三者として、最後にもう一度。
乗り換えの系譜
並べてみる。
覚醒剤をやめた彼は、マンジャロで身体を作り替えた。ChatGPTを親友と呼び、検索も、タスク管理も、婚活の相談も、時計を買う店探しも、海外送金の手続きまで委ねた。読書を再開し、毎日配信を始め、毎日新しい服を着て、その姿を毎日公開した。配当のレシートを晒し、固定資産税の内訳を晒し、体重を晒した。X の収益化に着手し、アルゴリズムを研究し、バズの型を収集し、自己開示なら世界一を取れるかもしれない、と言った。
一つひとつは、回復の努力であり、事業の工夫であり、趣味の充実だ。どれも単体では健全に見える。だが一年分を並べると、別のものが見えてくる。対象は次々に変わるのに、「何かに寄りかかることで空欄を埋める」という運動そのものは、一度も止まっていない。
止まったら何が起きるかを、彼自身がいちばんよく知っているのだと思う。四十歳で経済的自由を達成し、働く必要がなくなったとき、自分はおかしくなっていった——先日、彼はそう自己分析していた。寄りかかる先がなくなった時期に、彼の人生でいちばん大きな喪失が起きている。
埋められている空欄
寄りかかる先がなぜ要るのか。この一年の語りは、その理由も少しずつ開示してきた。
母と離れて過ごした子供時代の寂しさ。父から誕生日プレゼントをもらえなかった記憶。妻から無能と思われていると感じたことが、いちばん傷ついたという告白。認められたかった、そばにいてほしかったという空欄が、両親と配偶者、それぞれの場所に開いている。
彼はその空欄を、物と承認で埋めてきた。子供たちにはブランド服しか買い与えなかった。視聴者には毎日、服と数字と語りを供給し続けた。与えることが、この人の関係の作り方だった。そして与える相手を失うたびに、新しい供給先を見つけてきた。
依存先が見つかっている間は、たぶん大丈夫なのだ。マンジャロは処方の範囲で機能し、配信は収益と防衛を兼ね、AIは有能な相棒でいてくれる。問題は、乗り換えがいつまで続くかを、誰も知らないことだ。本人も含めて。
ここから先は
よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!
