9㎡で家賃6万円の「極小アパート」報道に覚えた違和感 〜「選択」と「達観」を混同していないか〜
産経新聞が「極小アパートが若者に人気」という記事を出しました。東京23区内、駅から徒歩10分、家賃6万円で専有面積わずか9㎡。入居率は99.9%だそうです。「住めば都」という見出しに、どうにも引っかかるものがありました。
9㎡とはどれくらいの広さか
まず9㎡という数字を具体的にイメージしてみましょう。
約5.5畳です。縦横3メートル四方。ビジネスホテルのシングルルームが9〜12㎡程度なので、APAホテルのコンパクトな部屋とほぼ同じサイズということになります。
記事に登場する22歳の歯科衛生士の女性は、この空間にロフトを加えた構造で暮らしています。「初めて部屋を見たときは『めっちゃ狭いな』と思いました」「狭さにも慣れた」「最近はあまり服を買わないようにしている」。そう語っていました。
ビジネスホテルは出張の数日間を過ごす場所です。そこに毎日帰り、生活の拠点とする。想像してみると、なかなか厳しいものがあります。
入居率99.9%は「人気」の証拠なのか
入居率99.9%という数字を見て「人気がある」と判断するのは早計ではないでしょうか。
同じ立地、同じ家賃で広い部屋と極小アパートを選べる状況なら、たしかに「人気」と呼べます。でも現実は違います。6万円で都心に住める唯一の選択肢が9㎡だったというだけの話です。
北関東の実家から1時間以上かけて通勤するか、9㎡で暮らすか。どちらも妥協であって、本人が望んだ生活とは言いがたい。入居率の高さは「人気」ではなく、逃げ場のなさを示しているように思えます。
家賃上昇率は初任給の2.5倍以上
記事の中にも興味深い数字が出ていました。
23区の単身向け賃貸住宅の家賃(11月時点)は平均11万9139円で、前年同月比16.1%増。一方、大卒初任給(令和7年度)は平均25万5115円で、前年度比6.3%増。
家賃の上昇率が初任給の伸びを大きく上回っています。初任給が上がったとはいえ、住居費の負担は年々重くなる一方です。
LIFULL HOME'Sの調査によると、東京23区のシングル向き賃貸物件の平均掲載家賃は2024年3月に初めて10万円を突破しました。2025年4月には11万7417円まで上昇し、前年同月比で13.5%増という大幅な伸びを記録しています。
地方都市との比較で見える東京の特殊性
東京の家賃高騰は全国的に見ても突出しています。
同じ調査によると、2025年4月時点のシングル向き平均掲載家賃は、近畿圏で約6万円、福岡市で約6万4500円。東京23区の11万7417円と比べると、ほぼ半額です。
福岡市も家賃上昇率では前年比10.7%増と高い伸びを示していますが、それでも絶対額では東京の半分程度に収まっています。地方都市に住めば、同じ家賃で倍以上の広さの部屋に住める計算になります。
とはいえ、仕事が東京に集中している以上、「地方に住めばいい」という単純な話にはなりません。リモートワークが浸透したとはいえ、出社を求める企業はまだまだ多い。東京一極集中という構造的な問題を個人の選択に帰することには無理があります。
専門家はどう見ているか
この報道に対し、ヤフコメでは専門家からも冷静な指摘が寄せられていました。
住宅ジャーナリストの山本久美子氏は「面積を狭くすることが賃料を予算内に収める手段になっている」と、消費者側の苦しい事情を指摘しています。
不動産鑑定士の冨田建氏は「6万円が『ずっと続く』とは考えず、賃料上昇の余地も念頭におくとよい」と警鐘を鳴らしていました。固定資産税の評価替えや投機的取引による地価上昇が、今後さらに家賃を押し上げる可能性があるとのことです。
「住めば都」という明るいトーンとは裏腹に、専門家の見立ては厳しいものでした。
「慣れた」という言葉に充足感はあるか
記事の作り方として気になったのは、本人に「慣れた」と語らせている点です。
当事者が適応を口にすると、外から見れば「本人も納得している」ように映ります。ヤフコメにも「合理的な選択」「通勤時間が短縮できるメリット」といった肯定的な意見が並んでいました。
でも、「慣れた」「服を買わないようにしている」という言葉から、充足感は伝わってきません。
これは選択ではなく、達観です。
状況を理解した上で「仕方ない」と受け入れている。怒りでも悲しみでもなく、淡々と現実を飲み込んでいる。達観とは本来、人生経験を重ねて到達する境地でしょう。22歳が住環境についてすでに達観せざるを得ない——その構造自体に歪みを感じます。
「住めば都」という見出しが覆い隠すもの
「住めば都」という表現は、貧困の正常化に一役買っているのではないでしょうか。
東京一極集中、不動産価格の高騰、賃金上昇の遅れ、住宅支援の乏しさ。こうした構造的な課題を正面から取り上げると、政策や経済システムへの批判につながります。「若者が工夫して適応している」という美談に仕立てれば、問題の所在がぼやけてしまいます。
本人が達観しているからといって、課題が存在しないわけではありません。
Xでは「若者の貧困を美化するプロパガンダだ」という厳しい声も上がっていました。表現は過激かもしれませんが、この違和感は的を射ていると感じます。
清貧と我慢は違う
清貧と我慢を混同してはいけません。
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