猶予判決とVサイン〜佐藤紗希被告に予測が外れた〜
前回、私はこの被告が30歳前後で社会に戻ってくると書いた。実刑を前提にした話だった。判決は執行猶予だった。
2026年6月19日、大阪地裁。懲役3年、保護観察付き執行猶予5年。求刑は懲役6年。宣告直後、佐藤紗希被告はスキップして両手でVサインを見せた。
前回の私の予測は外れた。まずそこから書く。
外れた前提
前回の骨格はこうだった。パーソナリティ障害は責任能力を減じない、責任能力が完全なら実刑は不可避、出所後に予防拘禁する制度が日本にはない。だから刑期を終えれば釈放され、再犯リスクを抱えたまま社会に戻る。
この論の第一段は正しかった。裁判所は責任能力を完全に認めている。犯行を「残虐」「相当な悪質性」「執拗、常習性は顕著」「傷害罪の中でも相当重い部類」と表現し、認知の歪みや精神特性があっても犯情は汲めないとした。心神喪失も耗弱も採らなかった。
外れたのは第二段だ。責任能力が完全でも、実刑は不可避ではなかった。
外れた原因は、情報が足りなかったからではない。前提の置き方にあった。私は求刑と量刑相場から実刑を演繹した。だが示談成立、遅い自白、治療への着手という個別事情の重みを、相場の外側に置いて過小に見積もっていた。相場は個別事情の前で動く。そこを軽く見た。
責任能力と量刑は別の軸
一般に「なぜ猶予なのか」という違和感が出る。その違和感の正体は、二つの軸の混同にある。
責任能力の軸では、パーソナリティ障害は効かない。前回書いた通りだ。是非弁別も行動制御も保たれている以上、罪は減らない。
だが量刑の軸では効いた。裁判官が猶予の最大の理由に据えたのは、事件後の被害者対応だった。300万円の弁償金、今後一切接触しない条件での示談成立、Aさんによる損害賠償請求の取り下げ。そこに「被告を許す」「執行猶予を求める」という被害者本人の意見まで加わった。裁判官はこう述べている。個人に向けた犯罪で本人から許しを受けている点は、刑事責任を大きく減ずる理由になる、と。
同じ障害が、一方の軸では無視され、もう一方の軸では考慮される。ここが直感に反する。
治療への取り組みという評価
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