辺野古事故・第11稿 沈黙という名の加害
3月16日の事故から、まもなく一ヶ月が経つ。
第10稿で、私はこの連載を終えるつもりだった。最後の一文に「今は、ご遺族の言葉に耳を傾けたい」と書き、静かに注視するフェーズへ移ったつもりでいた。その後の経過が、一度置いた筆を再び取らせた。
委員会という名の形式
3月28日、学校法人同志社は理事会を開き、外部の弁護士3人による第三者委員会を正式に設置した。事故から12日。ようやく動いた、と思いたいところだが、調査の具体的な日程も中間報告の時期も、何も出ていない。
「結果がまとまり次第、公表する」という一文だけが残っている。
委員会は設置された。ただ、いつ、何を、どのように調べるのか。その輪郭は4月に入っても見えない。第三者委員会という形式を整えることと、真実を明らかにすることは、別の話だ。「調査中」という言葉が、あらゆる問いから逃れるための防壁として機能し始めている。
さらに受け入れがたいのは、亡くなった生徒への組織としての姿勢だ。管理下にある生徒の命を失ったことへの、組織としての追悼が見えない。
彼らが語ってきた教育や平和の理念は、言葉の羅列に過ぎない。そう言い切りたくなる前に、せめて一分間の沈黙くらい捧げてほしかった。
報道の温度差
事故直後、あれほどセンセーショナルに報じた大手各社は今、どこにいるのか。
産経が2018年のしおりに記された座り込み参加の呼びかけをスクープし、文春が運航団体の実態を、新潮が平和丸船長の肉声を報じた。各社それぞれ、切り口を変えながら取材を続けてはいる。
ただ、報道の重心が変わっている。事故の構造、つまり学校と運航団体と行政がどう繋がっていたのか、という問いは後退した。代わりに断片的な「スクープ」が続く。森を見ずに木を叩いている、という印象が拭えない。
不都合な構造の全体像が見えかけたところで、問いが分散していく。それは、学校側の対応を外側から補強する静かなる加害だ。
深い悲しみの中で、事実を正そうとnoteを綴るご遺族。その周囲を、沈黙と黙殺が取り囲んでいる。
空白が生む毒
3月28日、亡くなった武石知華さんの父親がnoteを開設した。通夜と葬儀を終えたのは22日と23日。四十九日まで静かに過ごしたかった、と書かれている。けれど実名報道が続き、親類への突然の訪問取材も増えた。沈黙していれば、誤った情報が定着したまま風化する。そう考えて発信を決意されたとのことだ。
ご遺族のnoteには「不確定な情報をもとに、知華の尊厳を貶めるコメント」があったと記されている。
組織が説明を拒み、報道の焦点がぼやけた空白には、無責任な憶測と二次被害が流れ込む。ご遺族が訂正を強いられているのは、その直接の結果だ。
一人の若者の命が奪われた。この事実に向き合うことを拒んでいる者たちがいる。
事実が明らかになるまで、この停滞を「異常だ」と言い続ける。沈黙の共犯者にならないために。
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