再開通療法10年史 ASPECTS下限はなぜ消えたか
脳梗塞の血管内治療は2015年で完成した、と思っていました。
その認識は、2026年の今、明確に間違いです。10年間で「やる症例」の線引きは、当時の常識を全て塗り替えました。
2015年の地平線
MR CLEAN、ESCAPE、SWIFT PRIME、EXTEND-IA、REVASCAT。5つのRCT(ランダム化比較試験)が立て続けにpositiveに出て、機械的血栓回収療法(mechanical thrombectomy、以下EVT=endovascular therapy)が前方循環LVO(large vessel occlusion、主幹動脈閉塞)の標準治療になりました。
組入基準はおおむね:
発症6時間以内
ASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score、CTで虚血変化を10点満点で評価)6以上
NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale、米国国立衛生研究所脳卒中スケール)6以上
pre-mRS(発症前modified Rankin Scale)0-1
ここから外れる患者は「適応外」でした。広範囲梗塞、軽症、晩期、高齢、ADL(日常生活動作)低下例は、ほぼ全例除外。
コア(虚血コア、ischemic core=既に不可逆的に壊死した脳組織)が広い症例を見たら除外、晩期来院は保存的治療、80歳超は適応外。これが10年前の普通の臨床判断でした。今振り返ると、信じられないくらい狭い適応です。2015年当時、地方病院でEVTを完結できる施設は限られ、大学病院や脳卒中センターへの搬送が標準フロー。「やる施設」自体が今より圧倒的に少なかった。
2018年 時間枠の崩壊
DAWNとDEFUSE-3が、晩期時間枠でもEVTが有効と示しました。DAWNは6-24時間、DEFUSE-3は6-16時間。条件は「臨床所見と画像のミスマッチ」あるいは「灌流画像でペナンブラ(救済可能領域)あり」。
時計の針ではなく、脳組織の状態で判断する。「組織時計」の時代が始まりました。
ただし、ペナンブラ評価にはRAPIDなどの灌流画像解析ソフトが事実上必須。日本では保険未収載のままで、地方病院は厳しい状況が続きました。
2022年 ASPECTSの壁
RESCUE-Japan LIMITが、ASPECTS 3-5の広範囲梗塞でもEVTが有効と示しました。日本発のRCTです。
主任研究者は吉村紳一先生(兵庫医科大学)。多施設協調体制で組み上げたデータが、NEJMに同時掲載されました。脳卒中領域で日本のRCTがグローバルエビデンスを牽引した、極めて稀な事例。これを受けてSELECT2のDSMB(データ安全性監視委員会)は早期中止判断を下しました。日本の脳卒中研究が世界の臨床判断を動かした瞬間。
mRS 0-3が31.0% vs 12.7%(RR 2.43)。「コアが広いから諦める」が、初めて医学的に揺らぎました。
翌2023年、SELECT2とANGEL-ASPECTが続きます。北米・欧州・オセアニア、そして中国で、同じ方向の結果が出揃った。2023年10月にはTENSION(欧州、ASPECTS 3-5、11時間以内ランダム化、NCCT=非造影CTまたはMRIで判断可、pre-mRS 0-2まで容認)も加わりました。
TENSIONの意義は「ペナンブラ評価なし、NCCT単独で晩期判断可」を示した点と、pre-mRS 2まで適応を広げた点。完全自立でなくても再開通を狙える、というメッセージです。
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