兵庫県338億円違法借換第5稿 四つの会計〜議会は何を承認したのか〜
兵庫県の338億円違法借換について、発覚直後からずっと同じ声がある。当時の県議会で承認されているはずだ、まず議事録を確認すべきだ、という声だ。もっともだと思う。地方債の発行も、予算も、議会の議決を経なければ執行できない。490億円の借換が行われたのなら、議会はどこかでそれを認めたはずだ。
だから確認した。令和2年度の決算事項別明細書、当初予算案、令和3年2月の最終補正予算案、そして令和2年2月定例会の議案一覧。全部、県のホームページに今も載っている公文書だ。
結論を先に書く。承認は、存在した。議会は関係する議案をすべて可決している。そのうえで、どの議案を単独で読んでも、「売れた土地の代金を返済に充てず、全額を借り換える」という全体像は書かれていなかった。全体は四つの会計に分かれて置かれ、それぞれの断片はすべて適法な形をしていた。
順に見ていく。
四つの会計
令和2年度、この件に関わった会計は四つある。
一つ目、公共事業用地先行取得事業特別会計。通称、用地特会。2000年度に490億円の県債で買った土地を保有し、売却する会計だ。二つ目、県有環境林等特別会計。山林などを県有環境林として取得する会計。三つ目、公債費特別会計。満期一括償還の県債の償還と借換を一手に引き受ける、年間6,500億円規模の会計。四つ目、基金管理特別会計。各種基金の運用を束ねる会計だ。
2020年2月の定例会で、この四つの会計の令和2年度予算は、それぞれ別の議案として提出された。用地特会は第4号議案、公債費特会は第8号議案。どちらも2020年3月23日に原案可決している。
問題の490億円は、このどこを通ったのか。
借りた形跡のない議案
まず用地特会から探す。490億円の用先債で土地を買った会計だから、借換もここを通ると考えるのが自然だ。
通らない。決算事項別明細書を見ると、令和2年度の用地特会の県債は、当初予算3,000,000,000円、補正でちょうど同額を減額、決算ゼロ。当初の30億円は新規取得用の枠で、使われないまま落とされた。490億円の借換債の発行も、490億円の償還も、この会計の歳入歳出のどこにもない。
では土地の売却はどうか。令和2年度、用地特会には土地売払収入7,838,729,464円が入っている。約78億円。ただしこの収入、当初予算にはゼロ円で計上され、年度末の補正予算で初めて姿を現す。2020年2月に議会が審議した当初予算の段階では、土地が売れることすら数字になっていない。
当初予算案の説明資料も確認した。用地特会の欄にある増減の説明は一行だけ。「公債費繰出 △64百万円」。490億円の借換期限を迎える年度の議案説明が、6,400万円の繰出減の話で終わっている。
公債費という名の繰出金
その78億円は、どこへ行ったのか。
用地特会の歳出を見ると、項の名前は「公債費」。金額は8,043,115,652円、約80億円。売却収入78億円に一般会計からの繰入2億円を足した全額だ。公債費という名前を見れば、借金の返済に充てられたように読める。
節を見ると、違う。中身は100パーセント「繰出金」だ。元金の償還でも利子の支払いでもなく、他の会計への繰出として出て行っている。返したように見えて、返していない。今回の問題の核心が、議案の科目名と節の食い違いとして、決算書に印字されている。
行き先は公債費特別会計だった。公債費特会の歳入に「公共事業用地先行取得事業特別会計繰入金 8,043,115,652円」という節があり、1円単位で一致する。
前稿までに、内部統制も監査も議会も、この処理を検知しなかったと書いてきた。その会計的な実体がこれだと思う。決裁の単位で見れば、繰出も、借換も、土地の購入も、一つずつはすべて適法な処理だ。違法性は個々の伝票ではなく、会計をまたいだ組み合わせにしか宿らない。伝票を審査する仕組みは、組み合わせを審査しない。
買い手は県だった
もう一つ、確認すべきことがある。78億円分の土地は、誰に売れたのか。
県有環境林等特別会計の決算を見る。令和2年度、この会計は公有財産購入費7,751,562,125円を支出している。約77.5億円。そして歳入には「県有環境林取得事業債 6,976,400,000円」、約70億円の新規県債の発行が記録されている。
令和3年2月の最終補正予算案に、対応する説明がある。宝塚新都市(玉瀬(3))の72.34ヘクタールを78億円で取得。財源は「地方交付税措置がある地域活性化事業債等を活用」。そして一行、「宝塚新都市用地の取得計画は完了」。
つまり令和2年度の土地売却収入78億円の買い手は、大半が県自身だ。用地特会が持っていた土地を、環境林特会が新しい県債を発行して買い取った。売却収入といっても、県の外から現金が入ってきたのではない。県のグループの中で土地が移動し、借金が形を変えて増えた。しかもその新しい借金には、国の交付税措置が付いている。県が県から土地を買う原資の一部を、後年度、全国の納税者が支える地方交付税が実質的に負担する構図になる。制度の使い方として認められた形ではあるが、構図は構図として書いておく。
2009年、竹内英明県議が県立美術館の美術品を基金で買い取る案を質した際、当時の企画県民部長は、グループ内での購入は「想定できる」と答弁した。想定は、実行されていた。美術品ではなく、山で。
残るは公債費特別会計だ。490億円が実名で印字されていた場所と、2021年2月の議案に並んでいた数字を見る。
実名で印字された490億
公債費特別会計の決算事項別明細書。歳入の款「県債」、目「借換債」。決算額は2,595億円で、これが令和2年度に県が借り換えた満期一括償還債の総額だ。
その節の区分に、こう印字されている。
公共事業用地先行取得事業特別会計借換債 49,037,200,000円
490億3,720万円。問題の借換は、匿名で総額に溶けていたのではない。2021年9月議会に提出された決算資料の中に、名前付きの一行として存在していた。2018年の計画の段差、2021年の決算数値の急改善に続く、「誰でも読める場所にあった」の三つ目だ。
ただし、この一行から読めるのは「490億円を借り換えた」ことまでだ。売却収入が338億円あったこと、それが返済に充てられるべきだったことは、用地特会の決算と、過年度からの売却の累計と、環境林特会の買戻しを突き合わせなければ現れない。一行は嘘をついていない。全体を語っていないだけだ。
二月の議案
公債費特会の令和2年度の補正予算は、年度を通じて一回しかない。2021年2月15日に発表された、2月最終補正だ。表看板は「年間を通じた事業実績の確定や見込み等を踏まえた最終補正」。いわゆる精算の議案で、その他所要の補正として「県有環境林の計画的取得」が添えられている。
この一つの議案に、次が全部入っていた。
用地特会に売払収入78億円を計上し、77億円を公債費特会へ繰り出す。環境林特会で玉瀬の土地78億円を取得する。公債費特会で借換債を430億円増発し、県債管理基金の取崩を431億円取りやめる。そして県債管理基金積立金を91億3,000万円積み増す。
一つ、引っかかる記述がある。用地特会の補正の説明文だ。「県有環境林特会による先行取得用地の取得等による元金の繰上償還に伴う公債費特会への繰出の増」。繰上償還のための繰出、と書いてある。ところが同じ議案の会計別補正額表で、隣の公債費特会の欄を見ると、元金償還は9億6,100万円の減額だ。増えているのは基金積立金の91億円。償還に伴うと説明された金の到着と、償還の減額と、基金積立の増額が、同じ表に並んでいる。
繰上償還が既に計上済みの予算の枠内で実行された可能性はある。説明と数字がどう整合するのかは、県が設置する検証部会が確認すべき事項だと思う。確認できるのは、2021年2月の議案を読み合わせれば、この並びが見えたことだ。
基金の取崩431億円を取りやめて借換債430億円を増発する組み替えも、この議案だ。当初予算の表看板は逆だった。退職手当債と行革推進債は新たに借り換えず、県債管理基金302億円を取り崩して償還する。県債残高縮減対策と名付けられた、残高を減らす方向の話が当初の顔だ。年度末の精算議案で、償還財源は基金から借換債に静かに振り替わり、基金は取り崩されずに残った。
2021年2月がどういう時期だったかも添えておく。緊急事態宣言下で、同じ議案には高齢者施設の検査費用や避難所の備蓄、雪害対策が並び、一般会計は税収の下振れで2,532億円の減額補正だった。議会の目が感染症と減収に向かうのは当然の状況で、精算議案の中の県債の組み替えが精査の主役になる環境ではなかった。
留保の技術
借換債を余分に発行して基金を残す。この手法には、県の公式資料に載っている前例がある。
令和2年度当初予算案の注記にこうある。平成23年度から25年度に借換債を追加発行することで留保した基金1,630億円を活用し、平成26年度の借換債発行額を4,389億円から2,759億円に縮減する対策。県はこれを平準化対策と呼んでいた。
将来の償還の山をならすために、借換債を先に多めに発行し、基金に1,630億円を留保しておく。目的も規模も公表され、名前も付いた正式の財政運営だ。手つきだけを取り出せば、2020年度に起きたことと同じ形をしている。借換債で調達し、基金を残す。違ったのは、償還財源として使うべき土地売却収入をその原資に含めたことと、それが公表されなかったことだ。技術は正規の装備だった。使い途が、法の外に出た。
前稿で引いた2018年の行財政運営方針の語彙を思い出す。グループファイナンスの積極的な活用、将来の買入消却に備えた兵庫県債の買入れ。平準化対策で磨かれた借換と留保の技術、グループ内で資金と資産を回す発想、その延長線上に、段差の埋め込みがある。系譜は一本につながっている。
承認は存在した
最初の声に戻る。当時の県議会で承認されているはずだ、という声だ。
そのとおり、承認されている。用地特会予算は第4号議案として、公債費特会予算は第8号議案として2020年3月23日に可決された。2月最終補正も2021年の2月議会で可決された。決算も認定されている。手続に欠けたものはない。
そのうえで、議会に何が見えたかを考える。地方自治法上、歳入予算の議決科目は款と項までだ。「公共事業用地先行取得事業特別会計借換債」という会計別の区分は節であって、議決の対象ですらない。議会が議決したのは、款「県債」の総額だ。予算議案本文には地方債の表があり、起債の目的と限度額が載るが、その様式に書かれるのは「いくら借りるか」であって、「売れた土地の代金があるのに返さない」という事実は、様式上、書かれようがない。なお、令和2年度予算議案の地方債の表の実際の記載粒度は、県公報または議案原本での確認が残っている。
これは兵庫県だけの構造ではない。款と項で議決し、節は執行に委ねる仕組みは地方自治法が定める全国共通の様式で、47都道府県の議会が同じ粒度で予算を審議している。兵庫で起きたことは、この様式の検知限界がどこにあるかを示した実例でもある。
当初予算には土地売却の数字がなく、借換は他会計の総額の中にあり、売却と繰出と買戻しと基金積立は年度末の精算議案に一括で現れ、名前付きの490億円は決算資料で初めて読めた。事前には見えず、期中は溶け、事後には読めた。そして事後に読んだ人が、議場に何人いたか。
2021年10月、竹内県議は決算特別委員会で、基金と会計の間の資金の流れを一つずつ質していた。416億円の消費寄託を突き止めたのはその質疑だ。490億円の借換の一行に手が届く前に、彼は議員を辞め、亡くなった。
最後に、確認が残る文書を一つ挙げておく。知事は7月13日の発信で、平成31年の行革プランの作成にあたり当時の知事から指示があった、と担当部局の報告を紹介した。行財政運営方針は議決案件だ。実際、2020年2月定例会には第43号議案「兵庫県行財政運営方針の変更」が提出され、可決されている。段差が印字された見通し表を含む方針そのものが、いつ、どの議案として議決を経たのか。承認の射程がどこまで及んでいたのかを決める文書であり、次に確認する。
第4号議案、原案可決。第8号議案、原案可決。2020年3月23日。
読んでいただきありがとうございました。
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