「治すとは言っていません」と書く記事が一番たちが悪い理由
ある日、noteで一本の記事を読みました。
夜中の2時、子どもがかゆくて泣いている。隣に座って保湿クリームを塗り、手をさすってあげる。母親は「私のせいかな」と自分を責める。書き手は同じ経験をしたアトピー当事者で、読者である母親の気持ちに深く寄り添っていく。
情緒的には、よくできた文章でした。母親向けのnoteとして、多くの共感を集めていてもおかしくない。
ただ、読み終わってから、一点だけどうしても違和感が消えなかった。
夜中に子どもが泣くほどかゆい、という状況の記事なのに、皮膚科を受診するという話が一行も出てこなかったのです。
アトピー性皮膚炎は、医療で対応する病気です
アトピー性皮膚炎は、遺伝的要因と環境要因が絡む慢性の炎症性皮膚疾患です。治療法はすでに確立しています。
ステロイド外用薬、プロトピック軟膏、適切な保湿、近年はJAK阻害薬の外用やデュピクセントをはじめとする生物学的製剤。中等症以上の小児でも使える治療がどんどん増えている領域です。
「夜中に泣くほどかゆい」という状況は、医学的にはコントロール不良のアトピーであり、外用薬の強度や頻度、プロアクティブ療法の導入、専門医への紹介を検討すべき状態にあたります。
そこに食事の話が出てくること自体は、否定しません。食物アレルギーが関与する症例はあるし、生活全般を整えることが悪いとは言わない。
ただ、母親が夜中に起きて泣いている子を抱えている、という切実な場面を描いた記事で、医学的選択肢にまったく触れないのは、方向として異常です。
他の記事を読んでみたら、すべて同じ構造だった
違和感を抱えたまま、同じ書き手の他の記事も読みました。
「子どもの発達が遅い気がするときにママが知っておきたい視点」。
「発達障害かもしれないと不安なママへ伝えたいこと」。
見事に、同じテンプレートでした。
骨格はこうです。
母親の不安を夜中のシーンで具体化する。「私のせいかも」という自責を先回りして優しく受け止める。そこから「原因を突き止めなくていい」「完璧を目指さなくていい」と語りかけながら、「今日できることをひとつだけ」というフレーズで、食事の見直しに話を落とし込む。最後は自社の無添加加工品通販へと静かに接続する。
8段階の動きが、3記事で完全に一致していました。
不安の具体化、母親の自責を先回り、専門機関への言及、疑似科学を匂わせる因果、自分のアトピー体験を盾にする物語、自社商品への着地、最後は母親称賛で関係性を維持する。
書き手の中では、きっと一本一本が「その母親のために書いた誠実な記事」という自己認識なのだと思います。ただ構造として見ると、ほぼ完成されたセールスファネルです。
「治すとは言ってない」という最強のアリバイ
テンプレの中に、どの記事にも埋め込まれている定型フレーズがあります。
「食事が発達障害を治すとか、防ぐとか、そういうことを言いたいのではありません」
「食事がアトピーを治すとは言えません」
このフレーズは、驚くほど巧妙に機能します。
明示的に否定しているので、景品表示法や薬機法の言質は取れません。書き手にも「ちゃんと書いている」という免責の意識が生まれる。
ところが記事全体の導線は、明確に「発達障害が不安→できることをひとつ→食事を変える→自社商品」「かゆくて眠れない→体に余計なものを入れない→自社商品」です。読後の母親の頭に残る印象は、食事で何かが変わるかもしれない、です。
言っていないが、言っている。
法的・倫理的にギリギリのラインをすり抜けるために設計された、極めて精度の高い否認構文です。
加えて「脳や神経の働きを支える栄養を意識すること。それは、どんな子どもにとっても、悪いことではないはずです」というタイプの接着剤論法が挿し込まれます。
無添加食品を選ぶこと自体は、確かに悪くありません。ただそれは、発達障害やアトピーという医学的文脈で語るべきことではない。無関係な2つの話題を「悪くない」という弱い肯定で接着して、読者の頭の中で勝手に因果が結ばれるように誘導している。
発達障害・アトピーと食品添加物の因果について、現時点のエビデンス
神経発達症(いわゆる発達障害)は、遺伝的・神経発達的な要因が主であり、食品添加物の摂取によって発症したり悪化したりするというエビデンスは確立していません。
アトピー性皮膚炎についても、主因はフィラグリン遺伝子の変異などによる皮膚バリア機能の低下と、Th2優位の免疫応答です。一部の乳幼児で食物アレルギーが湿疹を悪化させる症例はあるものの、加工食品や添加物を避ければ改善する、という一般化は成立しません。
食事を整えることは、子どもの健康にとって一般論として望ましい。そこは争うつもりがありません。
争うべきは、発達障害やアトピーに悩む母親の不安を入口にして、自社の無添加加工品へ誘導する構造です。
脱ステ経験者が発信者であるという重み
プロフィールに「不妊症、アトピー、脱ステを経験」と書いてあります。
脱ステロイド療法は、日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドラインが明確に推奨していない立場です。標準治療を離れて症状が一時的に落ち着いた当事者の経験は、本人にとっては真実ですが、それを一般化して他の母親へ発信するのは、医学的には極めて危うい。
この書き手が、自身が標準治療を離脱した経験を土台に、アトピーに悩む母親へ食事改善を勧めているという立ち位置は、単なるマーケティングを超えて、代替医療思想の静かな布教に踏み込んでいます。
そして記事のどこにも、皮膚科を受診してください、という一行がない。この欠落が一番重いのです。
無自覚さが一番たちが悪い
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