兵庫県338億円違法借換第3稿 問い合わせたらあかん〜検知を止めた17年〜
2009年、指摘された。2015年、経路まで示された。2021年、内部の証言が出た。2024年、記録の不在が判明した。前稿で書いた——気づいて、認めて、止まらなかった。今回はその先だ。なぜ止まらなかったのか。検知は不在だったのではない。封じられていた。
2021年10月6日、決算特別委員会。竹内英明県議は、12年前の自分の質問の頃を振り返って証言した。県債管理基金の運用が規定に違反していると教えてくれた職員がいた。総務省に問い合わせるべきだという内部議論もあった。だが、問い合わせたらあかんと禁じられた、と。
同じ質疑の終盤で、彼は公表資料だけでこの財政の実態を把握するのは絶対に不可能だと述べ、新知事のオープン公約に期待すると結んでいる。検証者自身が、次の体制の情報公開に望みを託していた。
この稿で扱うのは、その託された側の話だ。兵庫県には、財政処理の違法性を検知する機会が17年間で幾度もあった。すべて外部の力でしか動かなかった。内側で何が起きていたのかを、議事録と県の公式文書だけで追う。
2009年、最初の指摘
平成21年10月13日、平成20年度決算特別委員会。当時2期目の竹内県議が、県債管理基金の中身を一件ずつ開いていく。
実質公債費比率の算定上あるべき基金残高は4,498億円。実残高は1,866億円。不足率58.5%、この積み立て不足だけで比率を6.5ポイント押し上げていた。そしてその1,866億円の中身に、土地91億円、美術品31億円が入っていた。版画648件を含む1,037件。県立美術館のエントランスに展示中のナウム・ガボの彫刻2億2,575万円。屋外に固定設置されたジョージ・リッキーの彫刻1億4,595万円。これらが「県債の償還に充てられる貯金」として指標の算定に入っていた。
土地の一部は、簿価が国の公示地価の約10倍。かつて土地開発公社が抱えていた塩漬け用地を、金利込みの簿価のまま基金に移したものだった。
起点は2006年だ。実質公債費比率という新指標が導入され、基金の積み立て不足がそのまま指標を悪化させることが判明した。県は特定目的の各基金を県債管理基金に集約し、土地も美術品もそのとき流れ込んだ。当時の知事は議会で、長期の特定目的の別途預金を本来預金に戻した、それだけの別途預金を持っていた、財政力があったと言える、と説明している。
指標対策として生まれた混入だ。
竹内県議は独自試算を示す。美術品と土地を除くだけで比率は0.3%上昇。将来負担比率と同じルールで貸付金を除けば22.3%。厳格に計算すれば24.3%。早期健全化団体のラインは25%。差は0.7ポイントしかなかった。
この数字が、以後17年のすべてを説明すると私は考えている。正しく計算すれば、健全化団体の目前だった。正しく計算しない解釈を守り続ける動機が、組織として存在した。
一字も変わらない答弁
同じ2009年の委員会。企業会計への貸付金320億円を基金残高から控除すべきではないかという指摘に、当時の資金公債室長はこう答弁した。
「公営企業である企業庁の保有資金等の状況から考えて、一般会計への償還、すなわち現金化が可能なものであるため、減債基金残高から控除していない」
12年後の2021年10月6日、同じ決算特別委員会。竹内県議が簿外債務1,549億円をパネルで示したとき、当時の企画財政局長が返した答弁は、この文言と一字単位で同じだった。
12年だ。担当者は何人も入れ替わっている。それでも防御の文言は一言一句変わらず継承された。その場しのぎの言い訳ではない。庁内に保存され、引き継がれ、誰が座っても同じように読み上げられる、公式の防御線だったことの物証だ。
役職の軌跡も残っている。2021年にこの文言で防御した企画財政局長は、翌2022年には県政改革担当の次長として組織再編の意義を答弁し、2024年夏には総務部長として県政の説明側に立った。防御した人が、改革を担い、説明する側に回る。個人の問題ではない。防御線が人ではなく椅子に付いていた、ということだ。
もうひとつ、2009年の議事録には奇妙な答弁がある。美術館に固定設置された彫刻をどう現金化するのかと問われた財政課長は、美術館の整備にあわせて県が買い取る工夫もできる、公営企業や県の関係団体に一時的に購入を願うことも想定できる、と答えた。
基金の実在性を守るために、県のグループ内で美術品を回す取引まで「想定できる」と公式の場で述べている。迂回の発想が答弁のレベルで露出した、めずらしい記録だ。
問い合わせたらあかん
資料の性質をひとつ区別しておく。
2009年の公開議事録に残っているのは、上に書いた公開の指摘と公式答弁までだ。冒頭の「問い合わせたらあかん」は、そこには出てこない。2021年の委員会で竹内県議自身が明かした、当時の水面下のやり取りの回想である。
回想によれば、2009年の指摘の頃、規定に違反していると教えてくれた職員がいた。総務省への照会を求める内部議論もあった。だが照会は禁じられた。そして、法令に触れるから算定に入れないでおこうと考える職員が、むしろ大半だったという。
竹内県議は2025年1月に亡くなっており、この回想を本人に確かめる方法はもうない。だから私は、公開議事録で裏の取れる事実と、本人の回想としてしか残っていない証言を、分けて書く。
ただ、回想の信頼性を測る材料はある。今回、2009年、2021年、2024年の議事録全文を突き合わせた。竹内県議が議場で示した数字と引用は、一箇所も崩れなかった。崩れていたのは、答弁を転載した側の欠落だけだ。15年以上、死後の検証に耐える精度で記録を残した人の回想である。その重みは書き添えておく。
回想が事実だとすれば、構図はこうなる。外の議場では、検証者がひとりで指摘を続けていた。内側では、違法性に気づいた職員がいて、確かめる手段まで分かっていた。そして、確かめる行為そのものが止められた。
検知は、なかったのではない。あったから、封じる必要があった。
記録がない
検知を封じる方法は、照会の禁止だけではなかった。
2014年から15年にかけて、県は旧兵庫みどり公社(現ひょうご農林機構)の資金調達スキームを設計する。県債管理基金が保有する国債を民間金融機関に消費寄託し、金融機関が公社に融資する。この416億円が、のちに基金と公社で二重計上されていたことが発覚し、財政指標の過年度修正に至る、もうひとつの簿外処理だ。県が令和8年5月に発行した公式記録誌『分収林事業をめぐる記録』は、この件を「県が不適切な基金運用により資金調達を行っていた」と、県自身の文書として明記している。
2024年8月21日の県政改革調査特別委員会で、このスキームの設計過程が検証された。判明したのは次のことだ。
金融機関との交渉記録は「手元にない」。決裁文書に押印した5人は、聞き取りに対して口を揃えて、交渉の経緯は教えてもらっていないと答えた。決裁文書には顧問弁護士による法的チェックを経たとあるが、県の顧問弁護士制度は平成26年3月に特別弁護士制度へ切り替わっており、記載と制度が食い違う。特別弁護士なら相談の都度、支払記録が残るはずだが、その確認は宿題のまま持ち越された。
委員会では、このスキームを債務負担行為として組んでいれば議会の議決が要り、議会の関与が可能だったという指摘も出ている。実際には損失補償の設定は不要という整理で、議会の手前を通らない形が選ばれた。
当時の前知事は、このスキームに当初、オーバーナイトでなぜいけないのかと難色を示していたと、聞き取りを担当した財務部長が証言している。強く推した者と、渋った者。その中間の交渉が、文書として残っていない。
竹内県議はこの委員会で言った。文書がないと言われてしまえば、検証はできない、と。
このスキームの最終コストは、県の公式記録誌に確定している。特定調停を経て、県の損失補償252.9億円、債権放棄661.8億円。借入739億円のうち過去利息だけで累計303億円。記録なき設計の請求書だ。
記録を作らない。決裁者に経緯を知らせない。議会の関与経路を通らない設計にする。照会の禁止とは別の形の、これも検知の封殺だ。
ここまでで、封じ方の二つの形が並んだ。照会の禁止と、記録の不在。ここから先は、三つ目を加えて束ねる。検知の制度そのものが紙の上に存在しながら初年度に素通りされた話と、17年間の是正がすべて外圧だったという整理だ。切り取りで「兵庫県は隠蔽体質」という雑な物語に要約されやすい主題のため、文脈ごと読んでいただける方に向けて、結論部を有料とする。ここまでの事実関係は無料部分だけで検証可能だ。
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