非核三原則は一度も守られていなかった〜小泉防衛相発言の本当の意味〜
小泉進次郎防衛相が7月17日、櫻井よしこ氏が主宰するネット番組「言論テレビ」でこう発言しました。
「日本にとっては議論するのが難しい課題だが、触れざるを得ない一つは核だ」
朝日新聞はこれを「非核三原則の見直しの必要性を示唆した形で、閣僚として踏み込んだ発言」と報じました。産経新聞も「現職閣僚としては踏み込んだ形」と評価しつつ、三原則の見直しには直結させていません。共同通信は「年内に改定する安全保障関連3文書を巡る検討を念頭に置いたものとみられる」とさらに抑えた書き方です。同じ発言が、社によってここまで違う輪郭で切り取られています。
この発言を入り口に、年末に向けて何が起きようとしているのかを整理します。
外堀は埋まっている
まず現在地です。
高市早苗首相は、核兵器を「持ち込ませず」とした原則の見直しをかねて主張してきました。2024年9月の編著『国力研究』では、非核三原則は日米同盟にとって「邪魔」だとして、2022年の安保3文書から堅持の記述を削除するよう求めたものの実現しなかった経緯を、自ら明かしています。首相就任後の衆院予算委員会では、三原則を堅持するかと問われて、するともしないとも明言しませんでした。
今年4月に始まった3文書改定の有識者会議には、非核三原則の見直しを提言してきた山崎幸二・元統合幕僚長がメンバーとして入りました。同じ会議には読売新聞グループ本社の山口寿一社長とフジテレビの清水賢治社長も名を連ねています。政策の専門家会議にメディア経営トップが二人入る人選は、改定の中身だけでなく伝え方まで設計に含まれていると読める材料です。
官邸幹部が「日本は核兵器を保有すべきだ」と発言したことも報じられました。政権は核保有の議論は「ない」と説明しています。
そして防衛相が保守系ネット番組で「タブーなく議論」と発言する。
個々の動きはどれも「見直します」とは言っていません。首相は明言を避け、有識者会議は提言するだけで、官邸幹部の発言は政権によって打ち消され、防衛相は議論の必要性を語るだけです。誰も決定的なことを言わないまま、方向だけが揃っていく。この進め方自体が観察対象だと思っています。
興味深い事実があります。6月16日に国会内で開かれた核政策の議員討論会には与野党8党が出席しましたが、非核三原則の見直しを求める発言は一つもなかったと報じられています(自民は欠席)。公開の場では誰も「見直せ」と言わない。それでも進む。
野党に拒否権はない
野党側の布陣も見ておきます。
立憲民主党と公明党が合流した中道改革連合は、非核三原則見直し反対を結党時からの政策の柱に据えています。公明側は7月3日、広島の原爆ドーム前で緊急街頭演説まで開きました。街頭の場所選びが、この党にとって三原則の防衛が数ある政策の一つではなく存在意義に近いことを物語っています。ここは退けない一線です。
ただし2月の衆院選で大敗しており、国会の数では止められません。しかも維新は与党側にいて、2025年10月の連立合意には次世代動力の潜水艦保有まで盛り込まれたと報じられています。院内に見直しを止める勢力は存在しないのです。
さらに構造的な話をすると、3文書の改定は閣議決定で完結します。国会承認は要りません。野党には制度上の拒否点がないまま、年末に文書が確定します。
だから勝負は国会ではなく世論です。8月6日と9日の式典が最初の山場になります。首相挨拶で三原則に触れるか、触れないか。
80%は何を支持しているのか
世論の数字を見ます。日本世論調査会の2025年8月の郵送調査では、非核三原則を「堅持すべきだ」が80%でした。朝日新聞の2025年5月調査では69%、東京大学の同年9月調査では60.6%です。
盤石に見えます。
ただ、この政権の世論には特徴があります。小泉発言の報道と同じ週末に実施された朝日の世論調査は、内閣支持率53%と伝えました。同じ調査で、成立したばかりの改正皇室典範には「国民の理解が得られていない」が60%です。政権への支持と、個別政策への不支持が、同じ回答者の中で同居しています。三原則がどちらの箱に入るのかは、まだ決まっていません。
そしてもう一つ。80%という数字が測っているのは「非核三原則というラベルへの態度」であって、内容の理解ではありません。設問に「持たず、作らず、持ち込ませず」と書いてあれば、初めて聞いた人でも「堅持すべき」と答えられます。
三つ全部を言える人。1971年の国会決議に基づくもので法律ではないと知っている人。「持ち込ませず」が寄港や通過を含むのかどうかで政府解釈が揺れてきた歴史を知っている人。段階を踏むごとに、該当者は減っていくはずです。
最後の段階に、多くの人が忘れているか、そもそも知らない事実があります。
守られていなかったという記録
「持ち込ませず」は、少なくとも艦船の寄港に関して、かつて守られていなかったことが政府自身の調査で確認されています。
順を追って書きます。
1960年の安保改定で、核持ち込みは日米の事前協議の対象とされました。歴代政府の答弁は一貫していて、「事前協議の申し入れがない以上、持ち込みはないと信じる」というものです。
からくりは「持ち込み」の定義にありました。米側は艦船の寄港や通過は事前協議の対象外だと理解し、日本側はそれを知りながら、国内には「寄港も対象」と説明し続けました。民主党政権下の2010年、岡田克也外相が設置した有識者委員会は、この日米間の暗黙の了解を「広義の密約」と認定しています。
米側からの種明かしは二度ありました。1974年、退役海軍少将のラロック氏が米議会の小委員会で、核兵器を積める艦船は経験上核を積んでおり、日本などに寄港する際に降ろすことはしないと証言します。1981年には、ライシャワー元駐日大使が、寄港は持ち込みに当たらないとの日米間の了解を公言しました。
それでも日本政府の答弁は変わりませんでした。事前協議がないから、持ち込みはない。米側は核搭載の有無を肯定も否定もしないNCND政策を取っていたので、「アメリカが持っていないと言った」ことすら実は一度もありません。何も言わないことを、ないと信じる根拠にしていたわけです。
確認の放棄を、信頼と呼んでいた。
この虚構が検証不要になったのは1991年です。ブッシュ(父)大統領が水上艦と攻撃型潜水艦から戦術核を撤去し、寄港する艦船に載せる核がそもそも存在しなくなりました。核搭載型の巡航ミサイルも2010年の米核態勢見直しで退役が決まります。「持ち込ませず」は、破られ、種明かしされ、最後は対象の消滅によって問われなくなった原則です。額面通りに機能した時期を、記録の上で確認することができません。
例外は既に用意されている
もう一つ、忘れられている答弁があります。
密約調査と同じ2010年、岡田外相は国会でこう述べました。核の一時寄港を認めなければ日本の安全が守れない事態になった場合には、「時の政権が命運をかけて決断する」。
つまり有事の例外は、15年以上前から答弁の形で確保されています。小泉防衛相自身、この岡田答弁を引き継ぐと繰り返し明言してきました。
ここで年末の改定の選択肢を整理できます。2022年の国家安全保障戦略には「非核三原則を堅持する」と明文があります。これを残すか、消すか、限定を付けるか、運用見直しまで書き込むか。
運用見直しの明記は、実は必要がありません。岡田答弁という例外弁が既にあるからです。書けば外交コストと世論の反発だけを買います。逆に堅持の明記を残せば、高市首相の年来の持論と矛盾します。
現実的な着地は、記述の削除か、「政策上の方針として」といった限定句への置き換えでしょう。高市首相が中国新聞の質問への文書回答で使ったのは、既に後者の表現でした。削除しても1971年の国会決議は残るので、「国是は変わっていない」と説明できます。見直したとは言わせず、書かなかっただけだと言える形です。
なぜ今なのか
小泉防衛相はフィンランドとフランスを引き合いに出しました。ただ、フィンランドの例をよく見ると別のことが分かります。同国の議会が可決したのは、有事の際に核兵器の自国領内への持ち込みを可能にする改正法です。平時の原則は維持したまま、有事の例外だけを法律で開ける。原則と例外を正面から切り分けたモデルです。
日本がやろうとしているのは、その日本版に見えます。ただし法改正という表の手続きではなく、文書からの記述削除と既存答弁の組み合わせという、裏の経路で。フィンランドが議会で開けた扉を、日本は閣議決定と15年前の答弁で開ける設計です。
では、なぜ今なのか。欧州の話は、たぶん外装です。
実務的な動機として筋が通るのは、米国の核搭載型海洋発射巡航ミサイル(SLCM-N)です。トランプ政権下で開発が復活し、将来的に攻撃型潜水艦への配備が視野に入っています。配備が実現すれば、寄港する米艦船に核が載っているかもしれない状況が、およそ30年ぶりに戻ってきます。
堅持を明記したまま配備が始まると、政府はラロック証言型の暴露一発で立ち往生するリスクを抱え続けます。文書から記述を外しておけば、NCNDと岡田答弁の組み合わせで、昭和と同じ「問わず語らず」を再演できる。
年末の改定は、将来の寄港を問題化させないための事前の整理と読むのが、一番説明がつきます。
ただし推進側にも罠があります。「実は守られていなかった」という知識は、80%の支持を溶かす武器になる代わりに、「政府は国民を騙してきた」という統治不信に転化します。その政府が今度は正直に見直すと言って、信用されるのか。過去の密約は、使い方を誤れば推進側にも刺さります。
8月に何が語られるか
整理します。院内に止める勢力はなく、手続きは閣議決定で完結し、制度上の拒否点はありません。残る抵抗線は世論だけで、その世論の8割は、守られていなかった歴史を知らないまま「堅持」と答えている可能性があります。
時間の流れ方も対称ではありません。反対側の発射台は8月6日と9日に集中し、終戦特番の季節と重なるこの一ヶ月が最大の追い風になります。9月に沖縄県知事選が控え、安保が争点化すれば政権への逆風にもなり得ます。対する推進側は年末の閣議決定まで待てばよく、台湾海峡や北朝鮮のミサイルのような外的イベントが一つ起きれば、風は一斉にそちらへ吹きます。片方は一ヶ月で決めきる必要があり、片方は待つだけでいい。
これから8月にかけて、どちらの陣営もこの認知の空白に向けて言葉を投じます。被爆の記憶を語る側と、タブーなき議論を掲げる側と。どちらの言葉が届くかより、どちらの言葉が何を語らないかを、見ておきたいと思っています。
1974年、ラロック証言が公表されたとき、日本政府は米側に照会しました。米政府が覚書で回答したのは、日本国民の感情を理解している、事前協議で日本の意思に反して行動しない、そしてラロック発言は一私人のもので米政府の見解を代表しない、という内容です。核があるともないとも、書かれていませんでした。それを受けて木村俊夫外相は国会で答えます。事前協議がない限り核持ち込みはない、秘密協定は口頭・文書とも一切ない。
後段の答弁が事実と違ったことは、36年後に政府自身の調査が確認しています。
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