見出し画像

【白衣の記憶】教えない絵画教室

今日は天気がよかった。
この春たぶん、はじめての夏日を記録した日。

金沢旅行で買ってきた金時草が根付いたので、母に届けがてら、久しぶりに実家へ帰った。
電車で30分ほどの距離なのに、忙しさを理由に、ずいぶんと足が遠のいていた。

最寄り駅から実家までの道の途中に、
5歳の頃から高校生まで通っていた絵画教室がある。

当時すでに60歳を超えていたご夫婦が営んでいた教室は、
20年ほど前にお二人とも亡くなり、
思い出の建物は、今はもう跡形もなく、駐車場に変わっていた。

✴︎

向かいの家に住んでいた幼なじみと並んで歩いた道。
古い日本家屋の一階の扉を開けると、女の先生が迎えてくれた。

「おかえり。今日は早いね」

部屋には、何色もの絵の具の瓶が並び、
長いテーブルが三列。
好きな場所にぺたんと座る。

けれど、私たちが最初にすることは——
決まって、おしゃべりだった。

どうしてあんなに話すことがあったのか、
今となっては不思議なくらい、よく話した。

やがて、

「おやつよー、並んでー」

という声で、二階へ続く階段の途中にお菓子が並ぶ。
先生が座り、私たちは列をつくる。

100円分のお菓子を、自分で選ぶ。

ふ菓子が10円。
小さなキャンディが3つで10円。
計算しながら袋に入れるその時間が、また楽しかった。

おやつ代の百円は、貯金することもできた。

✴︎

そしてまた、おしゃべり。

たまに中学生のお兄さんたちが絵を描いているのを見て、

「ふーん、上手」

それだけ言って、帰る日もあった。

✴︎

「絵を描きなさい」と言われた記憶は、ほとんどない。

それでも、画材はいつも自由に使えた。
見本の絵本や人形、飾りが棚いっぱいに並んでいた。

はじめて「自分で描いた」と記憶しているのは、小学2年生のとき。
実家で飼っていた犬の絵だった。

その絵が、なんと賞を受賞し、近くの公民館に飾られた。

驚いた。

おやつを食べて、おしゃべりをしていただけの場所で、
そんなことが起こるとは思ってもいなかった。

✴︎

今になって思う。

子どもは、感情で動く。

男の先生も、女の先生も、
「描きなさい」とは言わず、
描きたくなるのを、ただ待っていたのだと思う。

✴︎

絵を教える教室ではなく、
心を育てる場所だった。

その後、私は高校で美術部に入った。
さすがにおやつの時間はなかったけれど、

塾帰りで遅くなっても、

「おかえり」

と迎えてくれる場所があった。

✴︎

子どもは、感情で動く。

だからこそ、
環境を整えて、待つ。

何もしていないように見える時間の中で、
何かが育っていく。

✴︎

おやつを食べるだけの絵画教室。

それを許してくれた母も、
見守り続けてくれた先生たちも、
きっと忍耐だったのだと思う。

✴︎

教えない、という選択。

あの時間が、
今の私のどこかを、確かに形づくっている。

✴︎

本当にありがとう。

☕️


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集