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【白衣の記憶】ネモフィラの花畑に咲く赤い花

春の午後。

外来の合間に、
いつもより少し遠くに出てみた。

目の前には、
一面のネモフィラ。

青い花が、
静かに揺れていた。

その中に、

一輪だけ、
赤い花があった。

なぜか、
そこに目が止まった。

診察室で出会った、
ある患者さんのことを思い出した。

頭痛と吐き気が、
ほぼ毎日のように続いていた。

検査では大きな異常はない。

けれど、

確実に体は悲鳴を上げていた。

「仕事に行こうとすると、気持ち悪くなるんです」

「みんなが普通にできることが、どうしてもできなくて…」

話を聞くうちに、

上司から繰り返し責められていること、
周りと同じように動けない自分を、
強く責めていることが伝わってきた。

「私、社会人としてダメなんだと思います」

そう言って、
少し笑った方がいた。

仕事も、
人間関係も、

周りは普通にこなしているのに、
自分だけ遅れている気がする。

頑張っているのに、
どこか噛み合わない。

「私、どこかおかしいんでしょうか」

その言葉は、
とても静かだった。

でも、

長く抱えてきた重さが、
にじんでいた。

私はそのとき、

すぐに答えられなかった。

ただ、
その人の話を聞きながら、

ずっと感じていたことがある。

それは、

“噛み合わない”のではなく、

“違う場所にいるだけかもしれない”

ということだった。

ネモフィラの中の、
赤い花のように。

あの花は、
間違って咲いたわけではない。

ただ、

そこにあっただけだ。

人も同じだと思う。

少し遅いこと。
少し違うこと。
人と同じようにできないこと。

それは、

欠けているのではなく、

まだ、
その人の形が
見えていないだけかもしれない。

診察室で、

その方は何度か通ううちに、
少しずつ言葉が変わっていった。

「前よりは、少し楽です」

「自分を責める回数が減りました」

劇的に何かが変わったわけではない。

でも、

自分を否定し続ける時間が、
少しずつ減っていった。

それだけで、

人は、
ちゃんと前に進んでいく。

あの赤い花は、

青になろうとはしていなかった。

ただ、
自分の色で咲いていた。

人もきっと同じで、

誰かと同じになることで
安心することはあっても、

それが
その人の答えとは限らない。

違っていてもいい。

むしろ、

違うままで立てることが、
その人の強さになることもある。

大切なのは、居場所を変えることよりも、
自分の色を否定しないことなのかもしれない。

あの花畑で見た一輪は、

そのことを、
静かに教えてくれた。

☕️

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